宮城県南三陸町に最初に行ったのは、東日本大震災の発生から4週目だった。支援に入っていた兵庫県の保健師チームを労(ねぎら)うためだった。東北自動車道を降り、峠を越えると、突然景色が一変した。津波が到達した所は何も残っておらず、砂埃(すなぼこり)が舞い上がる荒野の向こうに、たくさんの殉職者が出た町の防災庁舎と、急いで架設された電柱が見えるだけだった。
宮城県南三陸町に最初に行ったのは、東日本大震災の発生から4週目だった。支援に入っていた兵庫県の保健師チームを労(ねぎら)うためだった。東北自動車道を降り、峠を越えると、突然景色が一変した。津波が到達した所は何も残っておらず、砂埃(すなぼこり)が舞い上がる荒野の向こうに、たくさんの殉職者が出た町の防災庁舎と、急いで架設された電柱が見えるだけだった。