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転機を生きる

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大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区 生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区 阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区 栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区
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大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区

生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区

阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区

栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区

  • 大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区
  • 生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区
  • 阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区
  • 栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区

大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区 生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区 阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区 栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区

大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区

生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区

阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区

栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区

  • 大丸神戸店近くにある地図。金融再編前の銀行名に加え、阪急百貨店やダイエー(男館)なども記されている=神戸市中央区
  • 生田神社の大きな石玉垣に刻まれた「太陽神戸銀行」と「兵庫銀行」=神戸市中央区
  • 阪神銀行を目印にした接骨院の看板。経営者(78)は「銀行名も変わるし、消すのも邪魔くさくて」と、そのまま使ってきたという=神戸市灘区
  • 栄町通沿いに地銀や大手保険会社が拠点を構える=神戸市中央区

 世の中の仕組みを、人の体に例えてみる。お金が血液なら、銀行は心臓だ。街の一等地に店を構え、幅広く預金を集めて、家を買いたい家庭や工場を建てたい企業に貸し出す。空前の好景気に沸いた平成初期までは力強く鼓動した心臓も、バブル経済が崩壊すると、青色吐息に。生き残りを懸けた大再編時代となった。兵庫県を地盤とした銀行の中から、メガバンク(巨大銀行)が誕生する一方、戦後初の銀行破綻も起きた。神戸の「金融地図」は様変わりしたが、それでも街を歩いてみると、そこかしこに名残をとどめている。(段 貴則)

 ■街中に残る旧銀行名

 神戸・元町の大丸神戸店近くにある商業ビルの外壁に、小さな地図が掲示されている。「阪急電鉄三宮駅のりば案内」と題され、神戸・三宮から元町にかけての街が描かれていた。

 詳しく見ていると、銀行を意味する「BK」とともに「兵庫(本店)」「阪神(本店)」「幸福」「協和埼玉」など、かつて存在した行名がずらり。1994(平成6)年に現金約5億4千万円を奪われた「福徳銀行」神戸支店も記載されている。誰がいつから掲示しているかは不明という。

 地図に「本店」と記されている兵庫銀と阪神銀は「太陽神戸銀行」とともに兵庫県を地盤とした。神戸・三宮の生田神社には、太陽神戸銀と兵庫銀が寄進した石玉垣が今も残る。神戸市灘区では、阪神銀の店舗を目印にした接骨院の看板が現役で使われており、3行の名は今も街中に息づいている。

 ■小説さながらの合併劇

 太陽神戸銀や阪神銀と聞いて、神戸を舞台にした故山崎豊子さんの小説「華麗なる一族」(73年)を思い出す人もいるだろう。

 主人公は「阪神銀行」の頭取で「神戸に本店を置く地方銀行的な都市銀行」という設定。実在した阪神銀は都銀ではなく、第二地方銀行。商号を阪神相互銀行から阪神銀に変えたのも、89(平成元)年のことだ。

 小説では、阪神銀がより規模の大きな都銀「大同銀行」を吸収し、「小が大をのむ合併」を実現する。さらに上位銀行との合併構想が動き出す内容だ。

 小説を地で行ったのは、太陽神戸銀。「神戸銀行」が73年に「太陽銀行」と合併。90(平成2)年には「三井銀行」と合併し、行名も「太陽神戸三井」「さくら」と変わった。01(平成13)年に、財閥グループの垣根を越える「住友銀行」との合併によって、メガバンクの一角を占める「三井住友銀行」が誕生した。

 ■戦後初の銀行破たん

 実在した阪神銀も合併によって大きく変貌した。きっかけは、阪神・淡路大震災が発生した95(平成7)年。第二地銀トップで、県内でしのぎを削ってきた兵庫銀の破綻だった。

 戦後初の銀行破綻を受け、地元財界などが出資して設立した「みどり銀行」が経営を引き継いだ。不良債権の足かせが重く、再び経営が行き詰まると、阪神銀が吸収合併に名乗りを上げた。阪神銀の預金量はみどり銀の半分しかなく「小が大をのむ」構図だった。99(平成11)年、阪神銀は合併によって「みなと銀行」となり、県民銀行の旗を掲げた。

 今年、再編の波が再び兵庫に押し寄せた。

 三井住友フィナンシャルグループ傘下のみなと銀と「関西アーバン銀行」が、りそなホールディングス傘下の「近畿大阪銀行」と18(平成30)年春、経営統合した。みなと銀はりそな傘下に入り、総資産で全国6位の地方銀行グループの一角を占める存在となった。

 ■神戸のウォール街

 大丸神戸店南側から元町地区を西へ抜ける栄町通。歩いてみると、大手保険会社に加え、中国銀行、広島銀行、トマト銀行といった地方銀行の店舗が目立つ。近畿大阪銀も昨年、神戸支店を栄町通に移転させた。

 「かつては神戸銀行の本店もあり、栄町通が神戸の金融街だった名残」と教えてくれたのは、神戸港開港当時に元町で創業した老舗テーラー「柴田音吉洋服店」の5代目社長柴田音吉さん(68)。

 かつては金融機関や海運業者などが栄町通周辺に集積していた。しかし、商業の中心地は次第に新開地や元町、栄町通から三宮に移り、さらに阪神・淡路大震災による被災で銀行の支店は減ったという。

2018/7/16

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