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引きこもりの自助組織を次々と結成した松井勝也さん。利用者の書作品を前に支援の在り方を語る=神戸市兵庫区(撮影・辰巳直之) 訪ねてきた卒業生に笑顔で接する宇都宮誠さん=朝来市生野町栃原 中村建二郎さん 神戸新聞NEXT
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引きこもりの自助組織を次々と結成した松井勝也さん。利用者の書作品を前に支援の在り方を語る=神戸市兵庫区(撮影・辰巳直之)

訪ねてきた卒業生に笑顔で接する宇都宮誠さん=朝来市生野町栃原

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■引きこもり高齢化、苦悩する親

 猛暑が続く7月末、兵庫県明石市にある「あかし保健所」の一室に高齢の夫婦ら約20人が集まった。引きこもり問題を考える「陽だまりの会」(同市)が主催する勉強会で、テーマは「8050問題」。80歳の親が、50歳の子どもを支えるような状況を指す。

 出席者は、中高年になった引きこもりの子と暮らす親ら。自分たちの死後、社会と接点のない息子や娘はどうやって生きていくのか-。深刻な悩みを打ち明け合う。同会共同代表の松井勝也さん(73)は「家族会の存在すら知らず、問題を抱え込む人は多いはず」と強調した。

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 厚生労働省は、引きこもりを「通学や仕事をせず、他人と関わる外出をせずに6カ月以上家にいる人」と定義。内閣府は15~39歳に限定してその数を全国で54万1千人と推計する。しかし、近年は引きこもりの高年齢化が指摘され、国は40歳以上の実態把握を急ぐ。

 松井さんが問題と向き合うようになったのは1990年代前半、次男(47)の引きこもりがきっかけだった。中学・高校時代は勉強と運動部を両立させ、国立大学に合格。しかし新しい環境のストレスなどから大学へ通えなくなった。7年後に中退。人や社会との接触も避けるようになった。

 松井さんは96年、京都の講演会で初めて「引きこもり」という言葉に接した。息子と似た若者が多いことを知る。全国各地のシンポジウムを巡り、情報を集めた。

 福祉関係者から「仲間と力を合わせては」と勧められ、明石、神戸で勉強会を始めた。同じ悩みを抱える親ら100人以上が集まることも。引きこもり当事者の「居場所」を求める声が相次ぎ、2001年に有志とNPO法人「神戸オレンジの会」を結成した。拠点はJR兵庫駅に近い4階建ての古いビル。徐々に当事者も通い始め、松井さんらは卓球や将棋の相手をしながら対話を重ねた。

 就労を願う親に応え、軽作業の内職などの体験を通じ、働く意欲を促した。アルバイトを見つけて巣立つ人もいたが、対人関係でつまずくケースも多かった。

 松井さん自身も苦い経験を持つ。息子は仕事に就いたが、体調を崩し退職。「家族で仕事を」と食品販売の店を開いたが、無理がたたって親の側が断念した。当時は相談窓口もなく、息子は孤立を深めていった。

 松井さんはオレンジの会で就労支援に奔走し、思い至る。今ほどコミュニケーション能力が問われる時代はないのではないか-。高度成長期は黙々と働く姿が評価されたが、近年はサービス業の興隆で接客や営業のスキルが特に重視されるようになった。

 中高年の当事者が孤立する中、就労支援だけでは不十分と考えた松井さんは同会理事長を退任し、11年に「陽だまりの会」を設立。今は「親亡き後」を見据え支援の在り方を模索する。

 「仕組みをつくるには現状を訴え続けるしかない」。自分を励ますように話した。

■不登校の増加、社会問題化  

 姫路市の中心部から北へ車で約1時間。朝来市の山あいに生野学園中学・高校はある。校庭で学園長の宇都宮誠さん(61)が生徒と談笑していた。ここに通う子どもたちは全員が不登校の経験者だ。

 生徒は「うっちゃん」とニックネームで呼び、宇都宮さんも笑顔で応じる。教師と生徒の縦の関係はここでは存在せず、和やかな空気が流れる。

 宇都宮さんは「10代の心は柔軟性があるんです。いじめや友人関係で傷つきやすい半面、修復できる可能性も高い」と力を込めた。

 学園創設は平成時代が始まった1989年。教育行政が不登校対策に本腰を入れ始めたころだった。文部省(当時)は不登校を「年間30日以上欠席した児童・生徒」とし、91年度から調査を開始。92年には、学校不適応対策調査研究協力者会議が「不登校は誰にでも起こり得る」との見解を表明した。個人や家庭の問題ではなく、社会全体の課題として注目を集めるようになった。

 相前後してフリースクールと呼ばれる民間施設も各地に生まれ、生野学園も産声を上げる。不登校経験者だけを対象とした高校は先駆的な試みだったため、生徒は全国から集まった。

 宇都宮さんは姫路市内のフリースクール勤務を経て、学園創設に携わった。30年以上、思春期の心に寄り添い続けている。

 開校当初は高度成長期の残り香が漂っていた。高学歴を勝ち取れば幸福になれるという「神話」が浸透し、子どもたちは学校で懸命に知識を詰め込んだ。一方で、企業戦士としてモーレツに働く父親は、家庭で存在が希薄化。受験勉強や人間関係で疲弊し、学校から遠ざかる子どもをバックアップできなかった。

 心を癒やし、生きる力を回復させるにはどうすればいいか-。宇都宮さんは「深く関わる。それが思春期の危機を救う生命線です」と語る。同学園は全寮制を採用し、24時間いつでも教諭やスタッフが悩みを聞ける環境を用意した。深夜の悩み相談が、数時間に及ぶことも珍しくない。

 定期的に親の会を開き、父母の思いにも耳を傾ける。「親に関わってほしい」との思いからだ。もつれた親子の関係を解きほぐすには、親自身も生き方を見つめ直し、子どもと向き合う姿勢が欠かせない。

 不登校は97年度に全国で10万人を突破。2001年度には過去最多の13万8千人に達した。少子化の中、全国の小中学生の1・4%前後を占め続け、近年は引きこもりへの移行が懸念されている。

 00年以降は、広域から生徒を募る私立の通信制高校などが急増し、不登校の新たな受け皿となる。高校卒業資格を得やすい環境も整備された。だが生野学園は変わらず全寮制を貫く。

 「人に傷つけられた心は人にしか癒やせない。その時間を先延ばししてはいけない」。宇都宮さんは今日も思春期の心と向き合う。

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 かつて不登校だった若者が、さまざまな「生きづらさ」を抱える子どもを支えようとする動きもある。

 神戸市を中心に活動する学生団体「みらいウィズ」。メンバーは皆、不登校の経験がある。設立に関わった神戸市北区出身の中村建二郎さん(24)は今春、関西学院大を卒業し、東京の会社で働く。

 小学2年のころ、担任や同級生と折り合いが悪くなり学校へ行きにくくなった。中学時代は家に閉じこもったが、「学校へ行けない、『普通』じゃない自分はダメだ」と自身を責め続けた。

 高校は定時制へ進学。そこで高校中退の経験者や、経済的な理由で若いころに学べなかった高齢者らと出会い、前向きな生き方に打たれた。「世の中にはいろんな人生があると実感し、楽になった」

 中学生の基本から勉強し直し、大学へ。過去を恥じる気持ちもあったが、休学して34カ国を回った体験で吹っ切れた。「今の日本だから生きづらい。それなら状況を変えればいい」

 教育関連イベントで意気投合した仲間と昨年10月に「みらいウィズ」を結成。定期的に「語る会」やワークショップを開く。4月からは後輩に運営を託した。

 学校で親や教師の期待に応え、一つの会社で勤め上げることが、幸せの近道とはいえなくなった。インターネットが浸透し、ビジネスの形や働き方も変わる中、多様な価値観が求められていると感じる。

 「今は不登校も自分の個性だと思えるんです」。中村さんの笑顔は自信にあふれている。(津谷治英、広畑千春)

2018/9/17

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