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「お化けのような選挙制度を正しい軌道に戻す必要がある」と語る石井一元参院議員=神戸市内(撮影・斎藤雅志) 神戸新聞NEXT 神戸新聞NEXT
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「お化けのような選挙制度を正しい軌道に戻す必要がある」と語る石井一元参院議員=神戸市内(撮影・斎藤雅志)

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■二大政党の夢、追い続ける

 「あのときの国民の熱気はすごかった。だが、約束を守らんかったらどうにもならん」

 民主党副代表を務めた元参院議員石井一(はじめ)(84)は、神戸市の自宅で民主党政権の苦い思い出に紫煙をまとわせ、はき出した。

 「あのとき」とは、2009年夏。野党第1党だった民主党は、衆院選で圧勝した。最低保障年金の実現、政府内の“埋蔵金”の活用、米軍飛行場の沖縄県外への移転…。華々しい公約を掲げ、戦後初の本格的な政権交代をもぎ取った。

 しかし「もろさと未熟さ」を内包した政権は、すぐに行き詰まる。消費税増税を巡る党内の混乱が響き、わずか3年で瓦解(がかい)した。

 自民党時代を含め衆院で11期、参院で1期を重ねた石井。13年の参院選敗北で政界から身を引いたが、今も改革への熱意は失っていない。

 転機は1989年夏。平成最初の参院選は、消費税導入や自民の金権体質への批判を追い風に社会党が大躍進した。「山が動いた」。委員長の土井たか子は高らかに勝利を宣言した。

 石井ら自民党の中堅・若手の危機感は強かった。「派閥あって党なし」と言われた派閥政治の時代。衆院選では数人が当選する中選挙区で各派閥の候補が競った。「選挙に備え、派閥の長は金を集めて子分に配る腕力が求められた」。そんな力学を断ち切ろうと、1人しか当選しない小選挙区制の導入を目指した。

 政治改革を旗印に、党の責任者として改革案をとりまとめた。ところが当時の宮沢喜一内閣では、関連法案成立が見通せなかった。

 93年6月、石井は決起する。野党が衆院に提出した内閣不信任案に小沢一郎らと賛成票を投じ、党を割った。直後の解散総選挙で自民は過半数割れし、石井らの新生党、社会党、公明党、日本新党など非自民8党派による細川護熙(もりひろ)連立内閣が発足した。結党以来初めて、自民党が下野した。

 自民が再び政権に返り咲くと、自民と並ぶ二大政党づくりに動いた。94年12月、新生、公明などによる新進党結成に名を連ねた。新進解党後の98年4月、民主党に合流。野党結集準備委員長として、一度はたもとを分かった小沢が率いる自由党との合併を果たした。

 一方、自民側の「予期せぬ動き」に歯がみもした。99年、公明が自民と連立し与党に。「政治は生き物。何が起こるか分からんな。昨日まで同志だったはずがいつの間にか敵になった」

 石井は小選挙区制度の下、二大政党が政権を懸けて政策を競う姿を思い描く。だが、94年に導入された小選挙区比例代表並立制は、議席配分が比例代表にも手厚い「訳の分からん制度になった」。比例で生き残った中小政党は、力の強い政党にすりよっていると石井の目には映る。平成が終わる今、それが「1強多弱」の政治状況をもたらしていると批判する。

 「平成の政治改革は、まことに中途半端で道半ば。いま一度変えなきゃいかん」

■小選挙区制で政党流動化

 「日本政治の転換期」。兵庫県内の労働組合を束ねる連合兵庫の元会長石井亮一(83)が、そう振り返る時期がある。

 1994年6月、自民、社会党、新党さきがけによる「自社さ政権」が誕生した。社会党の離脱で非自民連立内閣が行き詰まったのを機に、野党だった自民が仕掛けた。首相に担ぎ上げたのは、社会党委員長の村山富市。禁じ手、水と油…。兵教組出身の石井はニュース速報で政権の枠組みを知り、絶句した。

 「多数派を形成する必要がある」。石井は連合兵庫を媒介に非自民、非共産勢力の結集に動いた。政権発足の3カ月後、連合兵庫と新生、公明、日本新、民社党に加え、社会党も引き入れた兵庫独自の選挙協力組織「連合・五党協議会」を結成した。直後の尼崎市長選で、五党協支援の新人が現職を破った。

 最も威力を発揮したのは初めて小選挙区が導入された96年総選挙。全国では新生、公明などが合流した新進党は苦戦し、自民が勝ったが、県内12の小選挙区に限ると「全く逆の結果」に。現東京都知事の小池百合子(新進)ら五党協の推す9人が勝ち上がった。石井は「ともに組織力がある連合と、公明の支持母体が組んだことが勝因」と語る。

 99年、公明の政権入りを機に風向きが変わった。兵庫入りした最大野党・民主党代表の菅直人に、石井は公明との選挙協力を継続するよう求めたが「全く聞く耳を持たんかった」。民主は2003年の総選挙で県内の全小選挙区に推薦を含め候補を擁立。菅は公明批判を展開し、亀裂は決定的になった。

 発足から10年足らずで消滅した五党協。石井は「どの政党も小選挙区を単独では戦えない。このことを五党協から学んだのは民主ではなく、自民やった」と振り返る。

 小選挙区で自公の選挙協力は深化する一方、民主は分裂の道をたどる。「第三の勢力」として台頭した日本維新の会などを含め、野党の連携は進まない。

 「無理やり一つの党になる必要はない。異なる政党が連携し、互いの一致点をどう見いだすかを考えないかん」

     ◇

 非自民、自社さ、自自公(自民・自由・公明)、民主中心、自公(自民・公明)。与党の枠組みがめまぐるしく変わった平成の時代、中央の動きは地方議員たちを翻弄(ほんろう)した。

 「自社さ政権ができたころは、自民と激しくやり合ってたね」。公明党の兵庫県議野口裕(68)=西宮市=は、そう懐かしむ。91年初当選で現在7期。今春の県議選で引退する。

 二大政党を目指す小選挙区制度の下、公明は立ち位置を模索し続ける。「なぜ相いれなかった自民と連立を組むのか」。中央の動きを説明しようとする野口は、反発する支持者との板挟みになった。

 「五党協は選挙対策の組織。自公の枠組みが誕生したのも小選挙区が背景」と野口は強調する。

 民主の政権奪取と下野を経た今も、自公の連携は続く。「最近は、自民党内の政策的な違いが表に出てこない。代わりに公明党との政策の幅で、バランスが取れる」と意義を語った。

     ◇

 荒波をしたたかに泳ぐ公明に対し、かつて55年体制の一翼を担った社会党は平成政治の激流にのまれた。

 「政権に入るべきじゃない」。社会党、社民党の県議として県連代表も務めた今西正行(80)=尼崎市=は、自社さ政権の発足時、党本部に訴えた。

 平和や人権などの理念を訴え、土井たか子委員長時代には自民に圧勝した社会党。しかし、自社さ政権に入った後は、基本方針の転換を余儀なくされた。

 日米安保条約容認、自衛隊合憲-。「信用ならん」「選挙は手伝わん」。熱心な支援者が離れていった。一部の国会議員は党を割り、「新社会党」の結成に動いた。

 かつて衆院で170に迫った議席は、現在2議席。国政選挙のたびに「党存亡の危機」を迎える。今西は「もっと早い時期に、欧州型の社会民主主義を柱にして脱皮せないかんかったのだが」と悔やむ。

 平成終盤の国会は、自民の1強に対し、野党が離合集散を繰り返す混迷を呈している。

 「4議席や5議席でも、貴重な議席として意味はある。しかし、少数政党のままでは力を発揮できない」と今西。春の統一地方選と夏の参院選が巡る今年は、党再生への正念場と捉えている。=敬称略=(段 貴則)

2019/3/18

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