市販の薬をODする若者が増えているという(New Africa/stock.adobe.com)
市販の薬をODする若者が増えているという(New Africa/stock.adobe.com)

市川猿之助容疑者が薬物で母親の自殺を幇助した罪で逮捕されました。しかし、向精神薬や睡眠薬をそんなに簡単に、そして大量に入手できるものなのでしょうか。調べてみると、ツイッターには「#お薬もぐもぐ」というハッシュタグがありました。このタグを付けて向精神薬や睡眠薬を売買している人たちがいるのです。

薬物依存に詳しい国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部心理社会研究室長の嶋根卓也先生にお話を聞きました。

■処方薬の販売は犯罪

--ネットで医薬品を個人が売買していいのでしょうか。

「向精神薬に限らず、処方薬全般に言える話ですが、勝手に自己判断で買えるものではなく、医療機関で医師が診察し、その方の病状や症状に合わせて最適な薬を選択、必要最低限の治療上必要な日数分が処方されます。向精神薬だと長期的に処方できないものもあるので、本来は慎重に病状を確認しながら処方します。#お薬もぐもぐ のように、ネット上で勝手に販売してよいものではありません」

--法的には処罰の対象になるのですか。

「向精神薬の売買は、『麻薬および向精神薬取締法』の譲渡に該当します。売っている側が許可を得ずに譲渡していることになるので、買うという行為も犯罪に加担していることになります」

■辛い感情から解放されたい

--どんな時に薬物乱用に陥りやすい?

「メンタルヘルス上の課題があるとか、眠れないとか気持ちが落ち込んでいるとか、不安が強いとか、そうした状況をなんとかやり過ごしたいとかいう思いから、薬の量を自己判断で増やしていくケースがよく見受けられます。私たちが支援しているような処方薬の依存症の患者さんと #お薬もぐもぐ に飛びついている層がどれくらい被っているのかは分かりません」

--依存症になるとどうなるのですか。

「薬物依存症とは、日常生活や人間関係に様々な不都合や不利益が生じているにも関わらず、自分の意思では薬物使用を中止することができなくなる病気です。薬物依存症は、うつ病と同じように国際的な診断基準で認められた精神疾患の一つで、本人の性格や意思の弱さが原因ではありません。依存症者の頭の中は『使いたい気持ち』と『やめたい気持ち』が綱引きをしているような状態になっています。頭の片隅で『このままじゃいけない』ということはわかっていながらも、薬物使用に対する欲求(渇望)が抑えられず、乱用を繰り返すこともあります。しかし、治療や支援につながることで、自分らしい日常生活を取り戻すことができる、回復可能な病気です。」

--自殺するために薬を買う人もいるのでしょうか。

「自殺の意図がどこまであるのかは人によって違いますが、必ずしも『OD(過剰摂取)=自殺』というわけではありません。人がなぜODするのか調べた研究があるのですが、自殺目的の人もいるにはいますが、それ以上に多いのが『辛い感情から解放されたい』という理由です。いろんなことを抱えていて、辛い感情を一時だけでも忘れたいとか、辛い感情を感じないようになりたいとか、麻痺させたいという動機で使う人が多いのです」

--周囲の人は止められない?

「もちろん止められるケースもありますが、一般的には依存症のリスクが高い人は孤立していることが多いのです。実生活でも家庭でも職場でも学校でも、それこそ家族との関係もあまり良くない。本音で話せる人があまりいない。その中で『視野狭窄』のような状態となり、薬を飲むしかない、ODするしか対処方法が思いつかなくなるのです。辛い気持ちがある時は、友達や家族に相談するとか、カラオケに行ってストレスを解消するなど、その人に合った対処方法があるはずですが、『視野狭窄』の状態になると、『この辛い状況を乗り越えるには、薬しかないんだ』という気持ちになってしまいます。その時、たまたま見ていたスマホでODしている人を見つけると、『ああ、こうやって飲めば楽になれるんだ』と思ってしまう。SNSが一つの情報源になるのです」

◇  ◇

嶋根先生は、まずは、「依存症から回復した人」の話を聞くことが大事だと言います。

「SNSをずっと見ていると、自分と同じ乱用をしている人たちの情報ばかり。そうすると自分と似ている人たちばかりになってしまう。乱用している人たちには、『このままではいけないな』という気持ちもあります。やめている人、かつては薬物問題で苦しんでいたけど、今はこうやって回復していますということを知るのはとても大事。自分のロールモデルになるからです」

◆嶋根卓也先生プロフィール

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部 心理社会研究室長。1998年東京薬科大学薬学部卒業。2004年国立保健医療科学院専門課程修了。2008年順天堂大学大学院医学研究科修了。2008年より国立精神・神経医療研究センターに勤務、2012年より現職。専門は公衆衛生学、研究テーマは薬物乱用・依存の疫学。

■薬物乱用、薬物依存の支援機関

1.薬物依存症専門の医療機関

SMARPP(スマープ)という心理教育プログラムを実施。薬物を使ったことを隠さずに言える。プログラムを受けている最中に再び薬物を使っても、責められたり、警察に通報されたりしない。1回受けたら治るわけではなく、繰り返しずっと治療を受けて生活自体を変えていく。

2.精神保健福祉センター

都道府県や政令指定都市が設置している公的なメンタルヘルスの相談機関で、全国にある。相談料無料。精神病院に行くのはハードルが高いなという人にもおすすめ。行政機関なので、県庁の近くや市役所の近くにあるのでアクセスがいい。まずは相談から初めて見るのが大事。家族も当事者なので、家族支援も重視している。

3.NPO法人日本ダルク

薬物依存の当事者が運営。共同生活を送りながら薬物依存からの回復を目指す有料施設。

4.その他の自助グループ

地域の公民館や教会を借り、悩みを抱えた人がミーティングを行う自助グループがある。最近はオンラインでも自助グループがある。

◆厚生労働省パンフレット「ご家族の薬物問題にお困りの方へ」

薬物依存症の治療には、ご家族の病気への理解や協力が欠かせません。一方でご家族のケアも大切です。ご家族の方向けに作成されたこのパンフレットをぜひご覧ください。

(まいどなニュース特約・渡辺 陽)