災害時、車椅子での避難は?※画像はイメージです(Valerii Apetroaiei/stock.adobe.com/)
災害時、車椅子での避難は?※画像はイメージです(Valerii Apetroaiei/stock.adobe.com/)

マンションで行われた防災訓練のサイレンが鳴り響いた瞬間、車椅子ユーザーの遥さん(32)は10階の自室玄関で立ち往生していました。エレベーターは自動停止し、階段には人が殺到。手伝いを頼めると思っていた隣室の住民は出張中で、向かいの部屋も留守です。廊下を行き交う人の波の中で、誰も彼女の存在に気づきませんでした。

訓練終了の合図が出た頃になってようやく管理組合の理事が駆けつけましたが、「今日は時間オーバーなので次回の課題に」と半ば苦笑いで済まされてしまいました。実はこうした“取り残し”は訓練だけでなく、実際の災害時にも起こり得ることです。

本来であれば、高齢者や障害のある人など、災害時に一人で避難することが難しい人-を支援するために、自治体や地域では「避難行動要支援者」の名簿や「個別避難計画」を整備しています。しかし、計画が形だけでは実際には機能せず、いざという時に助けが届かない例が少なくありません。その背景には、おおむね三つの落とし穴があります。

■誰が避難を介助するのか

まず一つ目は、「誰が運ぶのか決まっていない」問題です。計画書には「近隣住民が介助」と記載されているのに、実際に“誰が”担当するのかは白紙のまま。これでは非常ベルの中で「誰かお願い!」と叫んでも、誰も自分が担当だとは思わないでしょう。遥さんのマンションもこのパターンで、担当者がはっきりしないままになっていたことが避難訓練の際に露呈することとなりました。その後、住民間の調整を経て、具体的な氏名を挙げたローテーション表が完成したのはその半年後だったそうです。

■搬送手段や設備が準備されていない

二つ目は、「搬送手段や設備が整っていない」問題です。車椅子利用者を安全に階段で運ぶには、担架や専用キャリーなどの器具が必要ですが、そもそも備えられていないケースがあるほか、倉庫に眠ったままになっていることも多いでしょう。訓練で初めて取り出したものの、使い方が分からず慌ててしまうケースも少なくありません。設備があっても、誰も実際に触れたことがなければ、災害時には結局「どうする?」と立ち往生してしまいます。

■紙媒体の避難行動要支援者名簿

三つ目は、「名簿が紙のまま」という点です。避難行動要支援者名簿を自治会長が自宅保管しており、夜間や休日はそもそも取りに行けないという問題があります。これでは緊急時に機能しようがありません。近年はクラウド保存やQRコードで名簿を共有する自治体も増えていますが、導入には地域の合意と最低限のスマートフォンリテラシーが不可欠です。

■災害時の避難計画における「段取り」の重要性

計画の穴は“段差”より“段取り”の問題です。担当者、設備、連絡網--この三点を数時間かけて具体化するだけで、孤立リスクは激減します。実際、遥さんのマンションでは氏名入りの階段搬送チームを作り、エレベーター停止を想定した月1回の簡易訓練を始めました。福祉避難所以外に通える病院もリストアップし、名簿はクラウドで閲覧できるようになったのです。次の訓練では10階から地上まで4分で搬送でき、「決めておけば迷わず動けるね」と住民からも安堵の声が上がったそうです。

■あなたの地域の避難計画は大丈夫ですか?

あなたの地域の個別避難計画は、本当に“名前と手順”が入っているでしょうか。福祉避難所の開設条件は把握していますか。名簿は夜中でも開けられる場所に置かれているでしょうか。段差を今すぐなくすのは難しくても、段取りを共有することなら今夜からできます。次の災害で「取り残されたのは自分だった」と後悔しないために、まずは家族や自治会に「私たちの住んでいる自治体の計画は、きちんと作用するのだろうか?」と問いかけてみてください。

障害のある人も高齢者も、“想定外”を“想定内”に変える準備はできます。エレベーターが止まる前に、そしてベルが鳴る前に、小さな一歩を踏み出しておきましょう。

【監修】阿部里美(あべ・さとみ)社会福祉士 宅地建物取引士 B型作業所「ぺんぎんクリエイツ」にて職業指導員として、福祉の現場に立ちながらディレクションを行う。地域福祉やまちづくりの分野においても実務経験を有する。異色の経歴として、インタビュー専門ライター、現代美術館にて英語・韓国語を用いたギャラリーガイドなど。

(まいどなニュース/もくもくライターズ)