漫画家・冬虫カイコさんの『アンダーカレント』は、母親からのネグレクトが原因で会食恐怖症と過食症になったOLを描いた一作です。以前X(旧Twitter)に同作の前編が投稿されると、多くの人からの注目を集めて5.4万もの「いいね」が寄せられています。
■ネグレクトによって食事マナーが分からない…
小学生の頃に、同級生から箸の持ち方を指摘され「逆に難しくない?その持ち方」と言われてしまう飯野。
OLとして働いている飯野は、同僚から「朝食をあまりとらない」「お昼も軽食のみ」といった状況を心配されていました。また仕事終わりに、食事に誘われても毎度断っていた飯野。
というのも飯野は幼い頃に受けた母親のネグレクトが原因で、人並みの食事マナーが身についておらず、人前で食事をすることに抵抗がありました。さらに毎日の食事といえば、手当たり次第に好きなものを購入し、一気にむさぼるように平らげたかと思いきや、そのほとんどをトイレで戻してしまいます。飯野は、正しい食事マナーや「ふつうの食生活」が分からなかったのです。
ある日、母から呼び出しがあって実家に戻った飯野。母は早々に「小奇麗にして彼氏でもできたの?」「年取った親のことほったらかして好きに暮らして」と娘に対して愚痴をこぼします。また、飯野への要件はお隣さんの敷地まで伸びてしまった庭の植木を切ることでした。それを飯野に伝える際も「枝が敷地 超えてきてるってギャーギャーうるさいったら!」「あいつらみーんなうちが貧乏だと思ってバカにして」といった言葉をもらすのでした。
そして、植木のカットを始めると、お隣さんから声をかけられる飯野。「お久しぶりねえ」「みっちゃん(飯野)がいた頃はまだもう少し…ねえ お話もできる人だったんだけど」と言われ、飯野も「申し訳ありません」と平謝りを続けます。しかし「みっちゃんのことを責めているわけじゃなくてね」「あなたも昔から大変だったものね」とフォローすると、飯野が小学生の頃に何度か夕飯を食べさせたことを語り出し、「もう何日もごはん食べてないんじゃないってくらいの勢いで 本当にかわいそうでねえ…」と当時を振り返るのでした。
その後、植木切りとお隣さんとの話が済んだとを母に伝えると、そこには“恥じらいもためらいも後悔もない無造作に菓子パンをむさぼる母”の姿が。「こうはなるものか」と思う飯野は「正しく生きなきゃ」「きちんとしなきゃ」と思うものの、どんなにトライしても普通に食事をとることができないでいました。
そんなある日、以前同僚から誘われていた食事の約束を断っていなかったことに気づく飯野。仕方なく食事会に参加した飯野は「彩り豊かで見た目にも華やかな手間のかかったあたたかい料理」「食事をおだやかに楽しむ人々」など、今まで知らなかったものに触れていきます。さらに提供されたメニューを恐る恐る食べると「おいしい」と感じるものの、周りからの視線によって「やっぱりなにか間違えたんだ」と思う飯野。しかし、同僚は「おいしい?」「おいしかったらよかった また食べに来ようね」と優しく声をかけてくれるのでした。
あたたかい優しい気遣いを感じた飯野は同僚と解散すると、「胸焼けがする」「お腹が重い」と感じ始め、結局、帰宅後にトイレで戻してしまいます。「せっかくもらった気遣いもやさしさも 全部無駄にして」と自分を責め、さらに「どうしてふつうにできないの…」「私だってふつうの家に生まれていれば」と自身の家庭環境を恨むのでした。
読者からは「いろいろと考えさせられた」「『ふつう』ってなんだろね」など様々な反響が。そこで作者の冬虫さんに、同作を描いたきっかけについて話を聞きました。
■「食と家庭はなかなか切っても切り離せない要素」
-同作を描いたきっかけを。
もともと食に対する前向きではない感情というものは何度か別の作品でも触れてきていて、個人的にかなり思い入れのあるテーマでもあるのですが、正面切って描いたことはなかったので、思い切って踏み込んで描いた作品です。食と家庭はなかなか切っても切り離せない要素だと思っていて、二つを同じ深さで相関関係として描きたかったので、それが伝わっていたら幸いです。
-同作の中でお気に入りの場面があれば、理由と一緒にお聞かせください。
作画の話になりますが、食べ物のディテールや実家の散らかり方など背景のこまごましたところにこだわりました。特に実家のシーンはこういった母親がどういうふうに日々を送って何を重要視して何をないがしろにしているのか、など生活の細部をいろいろと考えて試行錯誤しています。
-寄せられた反響や感想で印象に残るコメントがありましたか。
同じ境遇ではなくとも似たような葛藤を抱えている方だとか、家族や食事に対して思うところのある方などから「こういう感情があることを知ってもらえているだけで少し救われる」という感想をいただいたのが印象深いです。逆に「知られたくなかった」というような趣旨のコメントもあり、はっとさせられました。
-読者へのメッセージを。
初めて読んでくださった方もいつも読んでくださっている方もありがとうございます。今後もいろいろな漫画を描いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
(海川 まこと/漫画収集家)
























