くにちゃんが実際に使用している福祉補聴器
くにちゃんが実際に使用している福祉補聴器

 近年、音は聞こえるのに言葉が理解できない「聴覚情報処理障害(APD)」など、“聞こえの 悩み“に関心が寄せられている。聞こえの悩みは症状の個別性が大きいため、当事者は孤独感を抱えやすい。

当事者同士を繋ぎ、健聴者との交流の場も作りたい--。そんな願いから立ち上げられたの が、「みみトモランド」(@mimitomoland)。5名の運営メンバーは、「メタバースからリアルを快適に」を理念に、聞こえの悩みを抱える人が交流できるイベントを開催している。   

■自身の孤独感が「みみトモランド」開設の原動力に 

発起人で代表理事の高野恵利那さんは5歳の頃に中耳炎になり、普通の声量でも聞き間違いがある中等度の感音性難聴を発症。コミュニケーションの問題に直面し、小学生の頃は友達がひとりもできなかった。 

中学生の頃は自ら積極的に話しかけるも、いじめの対象に。中3の頃、ようやく友達ができたが、今度は集団でのコミュニケーション時に孤独を感じるようになった。 

「聞き返した時の悪意がない『もういいよ』が辛かった。聞き取れていないのに愛想笑いをして集団に混ざっていると、自分の存在価値が分からなくなりました」 

普通になりたいのに、なれない。社会に参加できていない。そんな苦しみを語れ、正しい医療知識や支援情報が得られるコミュニティを探したが、同年代の人と話せる場は見つからず。

そこで、自分がほしいと感じているコミュニティを作ろうと、自分とは違う悩みを持つ人々とSNSで交流。団体開設のヒントを得たり、活動の目標を明確化したりして、2023年4月に任意団体「みみトモランド」を設立。翌年7月に法人化し、活動の幅を徐々に広げていった。

■多様な“聞こえの悩み”を持つメンバーの声 

聞こえの悩みは、個別性が大きい。「みみトモランド」運営メンバーの悩みにも違いがある。看護師の高野さんは新生児病棟で働いていた頃には、泣く赤ちゃんを見ながら医師や看護師とやり取りをすることに苦戦。聴き取りたい言葉にモニター音が被さり、苦労したこともあった。

また、医療用PHS(ピッチ)は聞き間違いが心配な時には、同僚に必ず確認。どうしても聞き取れない時は代わってもらっていた。

「職場では障害のことを話していましたが、小声で話す医師の言葉が聞き取れず、無視されたこともあります。聴き取りにくいことで状況把握に差が出て、同期よりも成長速度が遅い自分に劣等感を抱きました」 

理事の耳鳴りこさんは24時間続く耳鳴りが辛く、学生時代は授業に集中できなかった。

 「耳鳴りは軽視されやすくて耳鼻科でも取り合ってくれない先生が多く、福祉支援も受けられません」

治療に関する研究がなされてほしい--。そんな耳鳴りこさんの強い願いから、「みみトモランド」には難聴や耳鳴りの治療や治療薬の開発に関する研究を行うチームを支援する「みみトモ基金部門」が設けられている。 

高度の感音性難聴であるくにちゃんはパティシエの夢を諦め、就職活動にも苦戦。製菓専門学校では先生が下を向いて作業しながら授業をするため、口の形を読み取って言葉を理解するくにちゃんは、授業の内容を理解することが難しかった。 

「卒業後は飲食店で5年勤務。キッチン担当でした。調理中はホールスタッフの顔を見られないので、毎回オーダー表を確認して調理することに負担を感じました」 

そして、聴神経の低下によって会話の聞き取りが難しいずんだ餅さんは、聴力検査では異常が出ないため、“聞こえの悩み”が理解されにくく、適切な支援も得られにくい。コロナ禍では、マスクをした教師のこもった声が聞き取れず、授業についていくのが大変だった。

新卒の頃は介護施設で働くも、世間はコロナ禍。マスク越しでの指示により、聞き間違いでのミスが発生し、何度も自分を責めた。

■匿名参加できるメタバースで“当事者の孤立“を防ぎたい  

理解されにくい聞こえの悩みを共有しつつ、なにげない雑談も楽しんでほしい。そんな想いから、「みみトモランド」ではメタバースを活用して当事者が繋がれる場を作っている。

メタバースでは、当事者の転職話や聞こえに関する医学的な知識が得られる講演会などのイベントも開催。 

参加は匿名でOK。健聴者も参加できる。高野さんらは、聞こえの悩みを抱える人と健聴者の繋がりも大切にしたいと考えているからだ。 

大盛況なのは、メタバースとオフラインで同時開催する「難聴万博」。オフラインでは、 地域の人々や補聴器メーカーを巻きこみながら行っている。 

なお、今年の9月には都電を貸し切るイベントも行った。 

「補聴器や人工内耳の方は、電車に乗ると走行音が入ってきて言葉が聞き取りにくいし、電車内は小声での会話がマナー。貸し切りにすれば、思いっきり電車内を楽しめると思ったんです」(高野さん) 

聞こえにくくても居場所はあると伝えたい。メンバーはみな、孤独を感じてきたからこそ、 様々なイベントには、そんなメッセージが込められている。 

「みみトモランドでの活動を通して、私自身、聞こえの悩みを抱えていたのは自分だけじゃなかったと思えたし、初めて集団の楽しさを知れました」(高野さん) 

■聴覚障害者のリアルな悩みと福祉支援の限界 

当事者の孤独を解消する高野さんらは、聴覚障害者を取り巻く日本の福祉制度の課題も知られてほしいと語る。 

実は、日本で難聴者が障害者手帳を取得できるのは、「片耳の聴力が 90dB 以上で他側の聴力レベルが50dB以上」か「両耳ともに 70dB以上」。70dBb は、電車の走行音が少し聞こえる程度の聴力だという。 

一方、WHOが常時、補聴器を推奨する基準は41dB以上。周囲の静かさによっても左右されるが、これは普通の声量でも少し聞き取り間違える程度なのだそう。

「軽度や中等度の難聴では手帳の取得が難しいのが現状です。障害者手帳が取得できないと、補聴器は全額自己負担となります。補聴器は安くても両耳で40~50 万円し、5年ごとの買い替えが推奨されています」(高野さん) 

こうした現状があるからこそ、障害者手帳を持つくにちゃんは「補装具費支給制度」によって福祉補聴器の支給を申請ができることが、より広く知られてほしいと話す。

福祉補聴器は耳鼻科医と連携して役所に申請書を出す必要があり、聴力検査の結果など複数の条件を満たさなければ申請は通らない。自治体ごとに審査基準や対応が異なるという課題もあり、制度上の支給対象は最新機種に比べ、性能が数年前のモデルに限られることが多い。 

だが、福祉補聴器は購入基準価格が決まっており、原則1割の自己負担で購入できる。当事者にとっては金銭的な負担を減らしてくれる大切な制度であるため、障害者手帳を持つ難聴者に届いてほしい情報なのだという。

難聴者が感じるもどかしさや社会的課題はまだまだ多い。だが、自治体の中にはユニバーサル窓口を設け、字幕や翻訳機を導入するなど優しい変化がみられるところもあるという。

「アクリル板に文字が出る情報提供サービスも広がってほしいです。あと、耳鼻科医が補聴器診療に力を入れたいかによって検査機器の充実さに差が出ているので、適切な治療ができる医師に繋がりやすい社会になってほしい」(高野さん) 

■健聴者にできる「コミュニケーションの工夫」とは?  

聞こえにくさは単なる機能の問題ではなく、当事者にとっては孤立やコミュニケーションの機会損失に繋がる--。そう知っても健聴者としては、聞こえの悩みを持つ人と話す時には身構えてしまうこともあるだろう。

 だが、当事者が話しやすくなる方法を事前に少しでも知っていれば、私たちは障害の有無に関係なく、友情を育むことができるのではないだろうか。例えば、高野さんはジョークを言った後に「なんでもないよ」とごまかされるのが悲しい。 

「冗談はボソッと言うから、聞こえにくいこともある。でも、人間関係を深める大事な要素にもなるから、聞こえなかった時には恥ずかしがらずに繰り返してほしい」

 一方、くにちゃんは聞き間違い防止のため、話し終わった後に「これで合っていますか」と確認した際、快く教えてくれると安心するそうだ。 音声認識アプリやメモを活用するなど、健聴者側も聞き間違いが起きない工夫を積極的に取り入れていけたら、この社会はもっと丸くなる。

悩んでいるのは、ひとりじゃない。仲間に出会うだけでも心は楽になるから、軽度の難聴や耳鳴り、APDなど、どんな症状の人も気軽にメタバースで交流しよう。そう訴えかける高野さんらの声は、当事者にとって閉ざしてきた心を開くきっかけになるだろう。

(まいどなニュース特約・古川 諭香)