日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)
日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)

高市早苗氏が首相に就任し、高市政権が発足した。その政策は、高市氏のこれまでの言動から、対米重視の姿勢を基軸としつつ、外交面では中国を過度に刺激しないよう、自身の政治信条を一定程度抑制した、バランスを重視したものとなる可能性が高い。しかし、この対米重視の外交路線そのものが、結果的に日中関係の冷え込みを助長する構造的な課題を抱えていると言える。

高市氏は、安全保障や歴史認識において、タカ派と見なされる政治家である。中国に対する姿勢も厳しく、一部の中国メディアからは警戒感をもって報じられてきた。だが、首相という立場に就いたことで、その対中政策は現実的な外交の必要性から、自身の強固な政治信条を一定程度抑制したものとならざるを得ない。

これは、日本の経済が中国との強固な結びつきを維持している点や、東アジア地域の安定に日中間の対話が不可欠であるという国益の観点から導き出される現実的な選択だ。高市政権は、中国との間で、懸案事項については毅然とした態度を取りつつも、経済・環境などの分野では対話を継続しするという戦略的互恵関係の維持を目指すという、従来の自民党政権の基本方針を踏襲する公算が大きい。例えば、靖国神社への参拝については、現職首相としての立場を考慮し、見送ると考えられる。これは、日中関係の冷却化を意図的に避けるための戦術的な抑制である。

問題は、この抑制された対中政策と並行して推進される対米関係重視路線にある。高市氏にとって、日米同盟の強化は揺るぎない外交の柱であり、政権の最重要課題の一つとなる。これは、中国の軍事力増強と海洋進出、そして台湾情勢の緊迫化という地政学的リスクの高まりを背景に、日本の安全保障を確保するための必然的な選択である。

具体的には、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法の強化、防衛費の増額、そして日米間での情報共有や共同訓練の深化などが推進されるだろう。特に、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想への積極的な参画や、クアッド(日米豪印)といった枠組みでの協力強化は、高市政権の主要な外交アジェンダとなる。

しかし、中国の視点から見ると、これらの日本の行動は、米国が進める中国包囲網の一環と見なされる。日本が、米国の対中戦略、特に台湾を巡る問題やサプライチェーンの「デリスキング(リスク低減)」戦略に深くコミットすればするほど、中国は日本を対立軸に置いて捉えることになる。

日本が高市氏の信条を抑え、表面上は中国への配慮を見せたとしても、その根幹にある対米重視の安全保障・外交政策そのものが、中国の安全保障上の利益と真っ向から衝突する。これは中国にとって、日本の本心は対米連携による中国への対抗にあるというシグナルとなる。

日中関係の冷え込みは、高市氏個人の政治信条や具体的発言によって引き起こされるというよりも、むしろ、日本の安全保障上の立ち位置と、米中対立という国際情勢の構造によって、不可避的に助長される可能性がある。高市政権が対米重視を貫けば、中国は対抗措置として、海洋での軍事活動をさらに活発化させる、経済的な圧力を強める(例えば、レアアースの輸出規制や特定の品目の輸入制限など)、あるいは歴史認識問題で圧力をかけるといった手段を講じる可能性が高まる。結果的に、高市氏が回避しようとする日中関係の悪化が、対米重視路線によって助長されるのだ。

これは、日本が抱える一種の構造的ジレンマである。中国の台頭と米中対立の激化の中で、日本の安全保障を確保するためには日米同盟の強化が必須である。しかし、その強化こそが、中国からの警戒心を高め、日中関係の冷え込みを助長する。高市政権は、この「安全保障上の必要性」と「外交上の安定」という、二律背反する課題の間で、極めて困難な舵取りを迫られることになるだろう。高市政権の対中政策は、高市氏個人の「抑制された政治信条」よりも、「対米重視」という根幹の外交戦略によって、日中関係の未来が左右されると言える。日本が米国との連携を深めるほど、日中関係の冷え込みは避けられない構造にある。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。