猫にひっかかれたら注意が必要! ※画像はイメージです(pridannikov/stock.adobe.com)
猫にひっかかれたら注意が必要! ※画像はイメージです(pridannikov/stock.adobe.com)

60代のAさんは、昔から猫を見ると撫でたりじゃれつかせたりするのが日課だったそうです。そのためAさんの腕には、猫のひっかき傷が常についている状態でした。他の人が見たら若干痛々しく見える傷ではあるものの、Aさんにとっては猫との絆の証のようなものです。しかし、この傷がきっかけで、取り返しのつかない事態にまで発展してしまいます。

ある日、Aさんが車の運転をしていた時、ふと視界の真ん中に黒い点があることに気づきます。これが何なのか気になりつつも、Aさんは仕事が忙しいことを理由に、眼科に行かずに日々を過ごしていました。

すると、この黒い点が徐々に大きくなっていったのです。正体不明の黒い点が怖くなってきたAさんは、急いで眼科に行きます。するとすぐに大学病院を紹介され、驚きつつも自分の身体に何が起きてるのか分からず不安になっていくのでした。

大学病院で診断されたAさんの病気は、『猫ひっかき病』でした。この病気は、猫との接触がきっかけに発症するもので、海外では猫に舐められたことが原因で失明するケースもあるそうです。

Aさんは抗生剤を一時期服用することで進行を止めることができましたが、失われた視野は戻っていません。今は半年に1回は地元の眼科を受診している状態です。こんな大変なことになるほどの病気である『猫ひっかき病』とはどのような病気なのでしょうか。眼科医の倉員敏明さんに詳しく話を聞きました。

■猫だけではなく犬から人に感染した報告もあります

-猫ひっかき病を発症する原因はなんですか

原因はバルトネラ・ヘンセレという細菌です。猫に引っかかれたり噛まれたりすると人の体に入り、数日~数週間後にリンパ節が腫れて痛み、発熱することがあります。

ほとんどは自然に治りますが、まれに全身に広がり、心臓や脳、そして「眼」にも影響を及ぼすことがあります。

すべての猫が菌を持っているわけではありませんが、次のような猫では感染の可能性が高いとされています。

・子猫(1歳未満):免疫が未熟で菌を持ちやすい
・外に出る猫:野良猫やノミとの接触が多い
・ノミ予防をしていない猫:バルトネラ菌はノミで広がる
・多頭飼いの猫:猫同士の接触で感染が広がりやすい

猫自身はほとんど症状を示さないため、飼い主が予防策を講じることが大切です。

-猫にひっかかれた場合、どうすればいいですか。また、受診したほうが良いサインを教えてください

もしひっかかれたたり噛まれたりした場合は、慌てずに次の応急処置を行ってください。

1.流水と石けんでしっかり洗う
2.イソジン®など消毒液で消毒(表面の菌を殺菌)
3.深い傷や出血が止まらない場合は医療機関へ

もし以下のような症状が出た場合は、早めに病院を受診してください。

・数日後にリンパ節が腫れて痛む
・発熱やだるさが続く
・目が赤い、かすむ、見えにくい
・けいれんや混乱、動悸や息切れなど全身症状

-猫ひっかき病に感染した場合、どういう症状が出ますか。また治療法も教えてください。

バルトネラ菌は赤血球や血管内皮に潜み、血流で全身に広がることがあります。特に免疫力の弱い方(子ども・高齢者・基礎疾患のある方)は注意が必要です。

・菌そのものによる広がり:心内膜炎、肝脾膿瘍、骨髄炎、脳炎
・免疫反応による影響:脳炎やけいれん、網膜炎、壊死性肉芽腫

また、猫ひっかき病の患者の約5%に眼の症状が出るといわれています。今回のAさんの場合、脈絡網膜炎もしくは網膜血管炎に該当すると考えられます。

・パリノー眼腺症候群:結膜炎と耳前リンパ節の腫れ
・視神経網膜炎:急な視力低下、視野の中心が見えにくくなる
・脈絡網膜炎や網膜血管炎:出血や黄斑浮腫による視力、視野障害、治療時期が遅れると不可逆的な障害を残す。
・硝子体炎:炎症で視界がかすみ、視力が下がる

多くは抗菌薬(アジスロマイシンやドキシサイクリン)とステロイドで改善しますが、まれに重症化して硝子体手術が必要になる例も報告されています。

日本でも、重い硝子体炎や網膜剥離を起こした患者さんに手術が行われた症例があり、失明から眼を守るためには外科治療が検討されることがあります。

-猫ひっかき病に感染しないためにも、日ごろからできる予防策を教えてください

・ノミ予防を徹底(動物病院での処方薬を)
・完全室内飼いで感染リスクを減らす
・爪をこまめに切る
・手ではなくおもちゃで遊ぶ
・猫に触れたあとは手洗いを習慣に
・野良猫との接触は避ける

また、猫だけではなく犬から人に感染した報告もあります。ただし犬は猫のように長期間菌を持つわけではなく、偶発的なケースと考えられています。

猫ひっかき病は「猫と暮らす人なら誰にでも起こり得る」感染症ですが、ほとんどは軽症で済みます。大切なのは、この2つを覚えておくことです。

・傷ができたらすぐに洗って消毒する
・症状が出たら早めに受診する

正しい知識と予防法を身につけて、安心して猫とのふれあいを楽しみましょう。

◆倉員敏明(くらかず・としあき) 愛媛大学医学部卒業。さいたま市・医療法人創光会くらかず眼科院長。手術特化の眼科として、全国より患者が訪れる。ほかにも、手術器具・手術方法の開発や眼内レンズの研究にも取り組んでいる。

(まいどなニュース特約・長澤 芳子)