スタジオジブリで宮崎駿監督のもと、数々の作品で観る者の度肝を抜いてきた伝説のアニメーター、大平晋也。彼が『スター・ウォーズ:ビジョンズ』Volume3で描いたのは、英雄でも悪の支配者でもない、名もなきストームトルーパーの物語『BLACK』だった。
なぜ彼はモブキャラに光を当て、セリフのない映像詩を紡いだのか。その背景には、巨匠への敬意と手描きに命を懸けるアニメーターとしての矜持、そして次世代への熱きメッセージが込められていた。
■「モブキャラ」に託した、名もなき兵士の人生
ポップな音楽と疾走感あふれるアクション。だが、そこにセリフはほとんどない。主人公は、名もなきストームトルーパー。銀河の片隅で兵士は何を思い、生きていたのか。その純粋な問いが本作の原点だ。「スター・ウォーズ」の世界観を借りながら、監督の視線はあくまで一人の人間に注がれる。
「『スター・ウォーズ』という世界観というよりも、そのディティールを使って戦争をどういう風に表現できればいいかというところから始まっていまして。一兵士がどういう戦争でどういう思いで、どういう人生を、というところを表現させていただければなと」
すぐに消えるモブキャラだからこそ、背景にあるはずの人生に光を当てたかったと 監督は語る。セリフを排し動きだけで伝えるスタイルも、初期衝動から生まれた。
「もともと音楽に乗って動かしまくるアニメーションを表現したいというのもあったので。そういうところですね」
当初は2~3分のMVのような作品を想定し、物語より「動きの快感」を突き詰めたかった。そのアニメーターとしての純粋な欲求が、本作の原動力となっている。
■ SNSで世界から才能を集結。型破りな制作が生んだ化学反応
本作は9つのシークエンスを異なるアニメーターが担当する異例の体制で制作された。驚くべきはその才能の集め方。国籍や経歴を問わず、面白いと感じたクリエイターにSNSで直接声をかけた。その純粋な探求心が、前代未聞のチームを生み出した。
「僕が見て『面白い』と感じた方を、ぐわーっとたくさんお誘いして(笑)。X(旧Twitter)で『初めまして』というところからダイレクトメールでお願いした方もいるんです。なので、どういうものを描いてくるのか全く分からなかったです」
海外の学生も含むこの試みは、監督自身に大きな刺激を与えた。そこには日本の常識を超えるエネルギーがあった。
「日本にはない海外の方たちのポテンシャルの高さに、ちょっと圧倒されましたね。国内だと原画と動画は分業ですが、海外の方は本当に全部一人で描き切ってしまう。そこのパワー感に圧倒されました」
世界の才能に「追い越されているんじゃないか」とすら感じる今、大平監督は日本のアニメが持つべき武器を、自身の作品で示そうとしている。
■ 巨匠への敬意と手描きの矜持。「動かす魅力」を未来へ
大平監督の作画哲学の根底には、スタジオジブリで師事した宮崎駿監督への揺るぎない尊敬がある。そのこだわりはルーカスフィルムとも通じるのでは?との問いに、監督は深いリスペクトを込めて語る。
「宮崎さんは、もう本当に、アニメーターの頃からものすごく大ファンで大尊敬、リスペクトしかないような偉大な人物です」
ジブリと「スター・ウォーズ」という一見交わらない世界に、監督はクリエイターとしての可能性を見出す。「世界観が全然違いますもんね。だからそういうミスマッチでうまく、面白いSF的な表現はすごくできそうな気はしますけど…難しいとは思いますが」。異なる才能を掛け合わせる化学反応は、本作のスタイルそのものだ。
技術が進歩しても、線に込める熱量は失われない。大平監督が追い求めるのは、物語の巧みさ以上に、「動き」そのものに宿る生命感だ。
「僕自身はやはり、アニメのディティールというよりも『動かす魅力』という、アニメーター気質なものですから。かっこいい、空気感がある表現が好きなので」。
デジタル化の波の中でも「手描きは絶対になくならない」と断言する。本作は、アニメーターという仕事の面白さを伝える未来への「宣言」なのだ。
「アニメーターとはどういうものなのかというのを、知ってほしいですね。動かすことってこういう面白みがあるんだという見方をしてくれる方が増えて、もっとアニメーション業界に動かしたくてしょうがないという人が増えるといいなと思っています」
監督として挑んだ本作。大平監督は「厳しいですね。すごく辛いです」と産みの苦しみを語りつつも、「辛い分、仕上がるとそれだけ喜びが大きい」と笑う表情には、作り手の矜持が宿る。伝説のアニメーターが描いた物語は、観る者の心を揺さぶり、アニメの未来を照らし出す。
(まいどなニュース特約・磯部 正和)

























