放流された4000匹のクエの行方を調査/スイチャンネルさん(@suichannel-umi)提供
放流された4000匹のクエの行方を調査/スイチャンネルさん(@suichannel-umi)提供

2021年8月、ある港へと放流された4000匹のクエ。クエは日本沿岸から東シナ海にかけて生息するスズキ目ハタ科に属する海水魚で、成長に時間がかかるため漁獲量が少なく、「幻の高級魚」と呼ばれています。そんなクエの“その後”に迫った動画がYouTubeへ投稿され、注目を集めています。

投稿したのは、スキューバダイビングで撮影した水中の様子を発信するYouTubeチャンネル「スイチャンネル sui-channel」の運営者で、プロのダイビングガイドとして活動するスイチャンネルさん(@suichannel-umi)。4年前に大量のクエが放流された港を再び訪れ、現在の様子を調べた動画には、近くの魚礁に定着して成長したクエの姿が映し出されています。視聴者からは「生命力がすごい」「考えさせられる」などの声が寄せられました。

■突然あらわれた“クエだらけの海”

4年前、スイチャンネルさんがいつものように自身が潜っている海域でダイビングをしていたところ、突然水中がクエだらけになっていたのだそう。その後、潜水していた場所から700mほど離れた港で栽培漁業の一環としてクエの放流があったことを知ったのだといいます。栽培漁業は天然資源の回復・増大を目的に、親魚から採取した卵をふ化させて水槽や生簀で人工的に育成したのち、ある程度の大きさまで育った魚を自然の海や川へ放流するというもの。このときに放流されたクエは1歳前後で20cm程度のサイズだったそうです。

放流から3日後には浅瀬はクエだらけになっていたといい、「放流直後でも1km程度の距離なら移動できるとはびっくり」とスイチャンネルさんは語ります。

赤ちゃんの頃から人工的に飼育されていたこともあり、人への警戒心が薄いため、放流直後は釣り人につられてしまうクエが多かったのだとか。放流された港のみならず、近くの沿岸でも相当な数が釣られてしまい、漁業者が釣り人へ海へのリリースをお願いする事態になっていたといいます。しかしそんなクエたちも放流から2カ月ほど経つとほとんどが移動してしまい、港周辺では密度が激減したのだそう。

■4年後、各地で生き延びたクエたち

こうして放流から4年が経った今、調査に向かったスイチャンネルさんによると、大多数が新天地を目指して分散していたものの、一定数はまだ港の近くの魚礁へ定着し成長している様子が確認できたといいます。まずは、放流された港から3kmほど離れた沖合にある岬の発端。この周辺には全長60cmを超える大きなクエたちが生息しており、「おそらく天然ではなく放流されたクエの可能性が高い」としています。

続いては、自治体の事業として海中に投入された人工的な魚礁。100m×100mほどの広さの魚礁のそばへ潜ると、1時間のダイビング中に5~6匹のクエを見かけるのだとか。水深5mと非常に浅い場所のため本来であればクエが定着するような環境ではないそうですが、それでも遭遇する頻度を考えると「放流した個体と見て間違いない」といいます。さらに、「魚礁内に50匹以上が定着しているのでは」と推測します。

最後に紹介する場所は、なんと放流した港の消波ブロック。つまり、放流した場所にそのまま定着しているクエもいるのだそう。ブロックの隙間をざっと覗いただけでも10匹前後のクエを発見したそうで、20~30匹は定着しているのでは…と予想します。さらに驚くことに、ここへ定着しているクエはとても大きく、全長60~80cmはあるのだとか。「末端価格でも5~6万円はしそう」とスイチャンネルさんは語ります。

■放流の効果と生態系への影響

「放流しても増えにくい魚が多い中、ハタ類がこれだけ定着するのは栽培漁業の面で非常に興味深いです。クエをはじめハタ類は高価なため、沿岸漁業者の重要な収入源となっています。漁業資源が減少し続ける厳しい時代において、放流効果の高い魚種の存在は、水産資源と漁業の存続の両面で大きな意味があるでしょう」

しかし一方で、栽培漁業の取り組みには課題もある、とスイチャンネルさんは指摘します。

「ハタ類は捕食性が強いため、大量放流による生態系への影響に注意が必要です。闇雲な放流は周辺の生態系を劣化させ、他の水産資源減少を招く恐れがあります。また、放流と漁獲はセットで考えるべきで、増えた個体数に対して漁獲が少なければ、生態系への負荷が高まります」

動画のコメント欄でも生態系への負荷を心配する声があったそうですが、スイチャンネルさんは「沿岸漁業の存続や漁業者の生活を守る観点からは、放流は重要な取り組み」と、その複雑な胸中を語ります。とはいえこういった背景もあり、この地域では2021年を最後にクエの放流は休止しているのだそう。

「放流したクエが漁獲され、飲食店や旅館を通じて人々に楽しまれることで、経済活動が成り立ちます。生態系と人間活動はバランスが重要で、どちらかに偏っても上手くいきません。漁業者にはクエ以外の生態系の重要性を、一般の方にはこうした取り組みが豊かな生活を支えていることを知っていただきたいと思います」