営業職として働くAさんは、営業車の運転席に座っているものの、ハンドルを握る手は激しく震え、足はブレーキペダルから離れられずにいました。助手席に座る上司Bさんは、青信号になっても発進しない部下に苛立ちを隠そうともせず、舌打ち交じりに威圧的な態度を取り続けていました。
ペーパードライバーのAさんは、運転は危険だと何度も訴えたにもかかわらず、上司は「男性ならば車の運転ができて当たり前だ」という価値観を押し付けてきたのです。助手席からの罵声と、いつ事故を起こしてもおかしくない極限の緊張状態で、Aさんは平常心を保つことができません。
運転技術のない部下に無理やりハンドルを握らせる行為は、指導の範疇を超えているのではないでしょうか。これが法的にどのような問題になるのか、社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞きました。
■ハラスメントでは済まされない
ー運転に自信がない部下に運転を強要する行為は、ハラスメントにあたりますか?
単なるハラスメントにとどまらず、企業の「安全配慮義務違反」に問われる可能性が高い危険な行為です。
業務上どうしても運転が必要な状況(例えば上司が飲酒してしまった等の緊急かつ合理的な理由)であればまだしも、部下が「ペーパードライバーであり危険だ」と申告しているにもかかわらず、精神論で無理やり運転をさせることは、事故を招きかねません。
実際に事故が起きれば、会社は従業員の安全を守る義務を怠ったとして責任を問われますし、強要した上司個人も、部下を危険な目に遭わせたとして訴えられるリスクがあります。
ー「男なんだから」という発言は、ジェンダーハラスメントの一種とみなされますか?
明確にハラスメントに該当します。「男なら運転できて当たり前」「男なら重いものを持て」という発言は、かつての「女性にお茶くみを強要する」行為と構造は全く同じであり、現代ではジェンダーハラスメントとして扱われます。
個人の能力や適性を見ず、性別による固定観念だけで役割を押し付けることは、職場環境を悪化させる不適切な言動です。実際に、クライアント企業からも、ジェンダーハラスメントに悩まされているという相談を受けることがあります。
ーもし事故を起こしてしまった場合、その責任は誰が負うことになりますか?
業務中の事故であるため、基本的には会社が責任を負うことになります。運転した部下が、過度な賠償責任を負わされることは通常ありません。
しかし、このケースで最も責任を問われる恐れがあるのは、運転を強要した上司です。ペーパードライバーであることを知りながら運転させ、事故を引き起こしたとなれば、上司には重大な過失があったとみなされるでしょう。
その場合、会社から上司に対して懲戒処分が下されたり、会社が被った損害の一部を賠償請求されたりする可能性があります。さらに、被害に遭った部下本人から、安全配慮義務違反や不法行為として直接訴えられるリスクも十分に考えられます。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)
社会保険労務士/こころ社労士事務所代表 大阪府茨木市を拠点に、就業規則の整備や評価制度の構築、障害者雇用や同一労働同一賃金への対応などを通じて、労使がともに豊かになる職場づくりを力強くサポート。ネットニュース監修や講演実績も豊富でありながら、SNSでは「#ラーメン社労士」として情報発信を行い、親しみやすさも兼ね備えた専門家として信頼を得ている。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)























