昔嫌だった父の全てが今では愛おしい(おおがきなこさん提供)
昔嫌だった父の全てが今では愛おしい(おおがきなこさん提供)

帰省したとき、駅まで迎えに来てくれる家族の姿を当たり前と感じていた人は多いでしょう。けれど大人になってから、その何気ない時間がどれほど特別だったのかに気付くときがあります。おおがきなこさんが描く『新富士駅に父がいる』は、娘の帰りを駅で待つ父への思いを昔のエピソードとともに綴った作品です。

同作は今から20年前、作者が大学生の頃の話です。製紙工場が立ち並び、富士山に見守られた静岡県富士市で作者は生まれ育ちました。製紙工場の煙突からモクモクと煙が立ちのぼるのが日常の風景です。

18歳で上京した作者は「バスで帰るのは大変だから新幹線を使いな」という父の言葉に甘え、新幹線で帰郷していました。久しぶりに新富士駅に降り立つと、鼻に残る「白いにおい」が帰ってきたことを知らせてくれます。白いにおいとは、小さいころ父が教えてくれた「製紙工場から出るパルプのにおい」のことです。

久しぶりの帰郷ではあるものの、実は作者は故郷と家族が苦手でした。家には部屋から全然出ず、家族のだれとも口をきかない弟がいます。そんな弟を中心と考える母と明るいだけで逃げている父とは、うまくやっていけなかったのです。

新富士駅で出迎えてくれた父は、実家までの車中で弟の話ばかりをします。「ふみやが口きいてくんないだよ、お父さんが怖いんだって。でもたまにゃあ返事してくれるけんね」タバコを吸いながら笑っていました。作者が「お父さんが悪いんじゃない?あとタバコくさい」というと、「そっかー、お父さんが悪いかあ、きいちゃんは厳しいな」と父はまた笑います。

その後、実家に2~3泊して東京に戻る日。新富士駅の近くのおそば屋さんで作者は父と一緒にそばを食べました。そばを食べながら、「お父さん、そばがあれば何もいらないさ。それくらい、そばが一番好き。あとはあんたたちとお母さんのことがすき」と言います。

そんな父に対する思い出を振り返るようになったのは、父が亡くなったからでした。作者は自身の子どもが4歳になったことや、部屋から出なかった弟が父に向って「ありがとう」と言ったこと、あいさつに来た父の友人がものすごく泣いていたことなどを話します。

また父が周囲に対して、作者を自慢していたことを知ると、ついに作者も涙が止まらなくなってしまうのでした。

読者からは「好きと嫌いが交錯するような、家族の間の複雑な感情がとてもリアルでしたし、愛されてた軌跡を辿る素敵なお話でした」「迎えに来てくれる両親のことを思って、泣きながら読みました」など、多くの感動の声があがっています。そんな同作について、作者のおおがきなこさんに話を聞きました。

■お蕎麦の打ち方を教わっておけばよかった

ー同作を描こうと思ったきっかけを教えてください。

「駅」を題材に描いてみようと思ったのがきっかけです。昔住んでいた駅、好きなお店がある駅、学校があった駅...思いつく駅がいくつかありました。考えている内に「駅とは人なんだな」と感じました。「じゃあ誰がいた(いる)駅を描きたいのか」と思った時に、父の姿が浮かびました。

ーお父さんとのエピソードを振り返り、今だから後悔していることはありますか?

お蕎麦の打ち方を教わっておけばよかったな、と思います。大晦日に蕎麦を家族にふるまうとどんな気持ちになるのか、知ってみたいです。父は幸せだったのかが知りたい。

ーお父さんに伝えたいメッセージはありますか?

ない気がするんです。自分なりの言葉を使って、さんざん伝えてきても、どうにも分かり合えなかった。それが思春期のわたしと父でした。言葉は、ふんわりむなしい。だからこうして、「お父さん。わたしもう口では言わないから、これ読んで何か受け取ってね」と漫画にするんだと思います。

(海川 まこと/漫画収集家)