都内のIT企業で営業課長を務めていた鈴木さん(仮名・53歳)は、48歳の頃から始まった不眠とむくみについて、「もしかしたら更年期障害かもしれない……」と感じていました。しかし、「更年期障害は誰にでもあるものだから」と考え、医療機関を受診せずに過ごしていました。
症状は次第に悪化し、会議中に集中力が続かず、得意先との商談でもミスが増えていきました。やがて出勤自体が負担となり、欠勤が続くようになった結果、配置転換を打診され、最終的に退職を選択することになりました。
退職後も気分の落ち込みが改善せず、精神科を受診したところ、うつ病と診断されました。現在も治療を続けながら、鈴木さんは「当時、更年期症状の可能性を認識し、早めに専門医に相談していれば、結果は違ったかもしれない」と振り返っています。
■更年期症状を放置した女性たちの声
厚生労働省が2022年に実施した「更年期症状・障害に関する意識調査」によると、更年期障害の可能性があると考えている50代の女性は38.3%にのぼります。一方で、医療機関を受診し、医師の診断を受けた人は9.1%にとどまっています。また、更年期症状を自覚しながらも受診していない人の割合は、50代の女性で約8割に達しています。
▽ケース1:「年齢のせい」と考え続けた結果
大手メーカーで事務職として働いていた田中さん(仮名・51歳)は、不眠と強い疲労感が続いていましたが、「年齢的なものだろう」と考え、特別な対処をしませんでした。次第に業務上のミスが増え、注意を受ける機会も増加。そのストレスが重なり、出勤が困難な状態となって休職に至りました。
その後、婦人科を受診したところ、更年期障害と診断され、医師の判断のもとで治療を開始しました。症状は徐々に改善しましたが、本人は「もっと早く相談していれば、仕事への影響を抑えられたかもしれない」と話しています。
▽ケース2:相談できずに孤立した女性
販売職に就いていた佐藤さん(仮名・50歳)は、ホットフラッシュによる発汗や動悸に悩まされていました。しかし、職場環境や周囲の理解を気にして、症状について相談できずにいました。症状が進むにつれ、接客中に体調不良を感じることが増え、自信を失って退職を選択しました。
退職後に更年期外来を受診し、医師の診察と治療を受けたことで症状は軽減しましたが、「在職中に相談や受診ができていれば、違う選択ができたかもしれない」と振り返っています。
■更年期とうつ病の関係について
医学的には、更年期は女性ホルモン(エストロゲン)の変動が大きく、心身の不調が現れやすい時期とされています。ホルモンの変化は、脳内で気分の調整に関わる神経伝達物質にも影響を及ぼすと考えられており、抑うつ的な気分や意欲低下が見られることがあります。
日本女性医学学会では、軽度から中等度の抑うつ症状は更年期障害の一症状として扱われることがある一方、症状が強い場合や日常生活に大きな支障がある場合には、うつ病など他の精神疾患との鑑別が重要であるとしています。自己判断で我慢を続けることで、適切な治療の開始が遅れる可能性がある点には注意が必要です。
■更年期と仕事への影響
NHKおよび労働政策研究・研修機構などが実施した調査(2021年)では、更年期症状が仕事に影響した経験がある女性が一定数存在し、症状を理由に退職した人も報告されています。
また、経済産業省が2024年に公表した試算では、女性特有の健康課題(月経随伴症、更年期、婦人科がん、不妊治療)による社会全体の経済損失を年間約3.4兆円としており、そのうち更年期症状によるものが年間約1.9兆円とされています。この中には欠勤や業務効率の低下、離職などが含まれており、更年期症状による影響も一部として含まれています。数値は推計であり、算出方法や対象範囲によって幅がある点を踏まえて理解することが重要です。
■早期対応の重要性
更年期症状に対しては、医師の判断のもとでさまざまな治療や支援が行われています。ホルモン補充療法(HRT)や漢方療法などが用いられる場合もありますが、効果や適応は個人の症状や体質によって異なります。そのため、治療法の選択は必ず医療機関で相談しながら進めることが重要です。
厚生労働省の調査では、更年期症状を自覚してから比較的早い段階で医療機関を受診した人は少数にとどまっており、多くの人が症状を抱えたまま日常生活を送っている現状が示されています。
■一人で抱え込まないために
冒頭で紹介した鈴木さんは、退職後にうつ病の治療を受け、現在は症状が安定してきています。しかし、「あの時期に感じていた不調が、もし更年期症状だったのなら、婦人科や更年期外来を受診して、きちんと診断を受けていれば」という思いは今も消えないといいます。鈴木さんの経験は、「これくらい我慢できる」「年齢のせいだから仕方ない」と自己判断で片付けず、まずは専門医に相談することの大切さを教えてくれます。
更年期は誰にでも起こり得るライフステージの一つであり、適切な情報と支援を得ることで、心身の負担を軽減できる可能性があります。不眠、疲労感、ほてり、気分の落ち込みなどが続く場合には、「年齢のせい」と決めつけず、お住まいの地域の婦人科や更年期外来などの専門医、または女性健康支援センターなどに相談することが大切です。
また、職場や家族に状況を伝え、理解や配慮を求めることも、無理なく働き続けるための一助となります。専門家の力を借りながら、自分に合った形で更年期を乗り越えていくことが、長期的な健康と生活の質を守ることにつながります。
【出典】
・厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年)
・独立行政法人労働政策研究・研修機構/NHK「更年期と仕事に関する調査」(2021年)
・経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(2024年)
・日本女性医学学会「よくある女性の病気:抑うつ気分(更年期障害)」
※医療に関する判断や治療については、必ず医師などの専門家にご相談ください。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)
社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)























