ほとんど自分からは動けなかったという(Ako Yamazakiさん提供、Instagramよりキャプチャ撮影)
ほとんど自分からは動けなかったという(Ako Yamazakiさん提供、Instagramよりキャプチャ撮影)

「どうして来てくれないの?」
「嫌われてしまったのかもしれない」

愛犬が固まったまま動かないとき、そんな不安を抱いたことはないだろうか。

横浜でビビリ犬専門のトレーニングを行う山崎亜子さん(@ako.yamazaki)は、Instagramで「シャットダウン状態」にある犬の姿を投稿し、その意味をポリヴェーガル理論の視点から発信している。

そこには、多くの飼い主が誤解しがちな“犬の本当の状態”があった。

■「おとなしい子」ではなかった

保健所から引き出した当初、その犬はほとんど自分から動くことができなかったという。

逃げることも、ほえることもなく、その場で体を強くこわばらせたまま動かない。まるで動きが止まってしまったかのような状態だった。一見すると落ち着いているようにも見えるが、実際には強い不安や恐怖の中で体が動かなくなっていたと亜子さんは感じている。

外の世界に反応する余裕もなく、極度の緊張の中で失禁や脱ふんが見られることもあった。

■それは「シャットダウン」という状態

こうした様子は「シャットダウン」と呼ばれる。

名前を呼んでも反応が薄い、体が固まったまま動けない、目の焦点が合いにくい…こうした姿は「おとなしい」のではなく、強い不安や恐怖の中で、どうしていいか分からなくなっている状態だ。

亜子さんは、「反抗しているわけでも、嫌っているわけでもない」と話す。

■ポリヴェーガル理論で見る犬の状態

この状態を理解するうえで、亜子さんが取り入れているのが「ポリヴェーガル理論」だ。

体の神経が「安全か危険か」を無意識に判断し、それに応じて反応が変わるという考え方である。亜子さんはこれを、視覚的に分かりやすくするために色で表現している。

・緑の神経=安心している状態
・青の神経=動きを止めて身を守る状態

(本来は色やハートで表現されることもあるが、ここでは文章として伝えている)

さらに、ポリヴェーガル理論では段階的な反応があるとされる。

まず、危険を感じると交感神経(赤の神経)が働き、「逃げる・戦う」という反応が起こる。
それでも難しいと体が判断したとき、次に働くのが青の神経だ。

このとき、体はエネルギーを抑え、「動きを止める」方向へと切り替わる。シャットダウンは、この青の神経の状態にあたる。

■シャットダウンは「最後の防衛反応」

青の神経の状態には、さらに強さの段階がある。その中でも最も強い状態が、「死んだふり(トニック・イモビリティ)」と呼ばれる反応だ。体がほとんど動かなくなり、反応が極端に少なくなる。場合によっては、痛みの感覚が鈍くなり、意識もぼんやりすることがあるとされている。

これは、「見つからないようにする」「食べられないようにする」ための、最後の手段ともいわれる。一見すると「あきらめている」ように見えるかもしれない。

しかし実際には、その逆だ。亜子さんは、これを「生き延びるための最後の全力の選択」だと捉えている。

■「嫌われた」と感じてしまうとき

犬が近づいてこない、目を合わせてくれない…そんなとき、「拒絶されたのでは」と感じてしまう飼い主は少なくない。亜子さん自身も、かつてそう感じたことがあったという。

しかし実際には、犬は好き嫌いを感じる余裕すらないほど、不安の中にいることがある。関係を拒んでいるのではなく、生きることに精一杯の状態なのだ。

■変化を生んだのは「安心」

では、どうすれば変化は生まれるのか。

亜子さんが最も大切にしていたのは、「何かを教えること」ではなく、「ここは安全だと感じられる環境をつくること」だった。無理に触れない。動かそうとしない。焦らない。同じ空間で静かに過ごす時間を重ねる。ときには、犬のそばで本を読むだけの日もあったという。

また、落ち着いた他の犬や猫の存在も大きかった。安心している存在のそばにいることで神経が整っていく…ポリヴェーガル理論でいう「共同調整」が自然と起きていたと考えられる。

■小さな変化が積み重なっていく

時間はかかる。

それでも、少しずつ変化は現れていく。最初は固まって動けなかった犬が、やがてこちらを見るようになり、表情がやわらぐ。においを感じ取り、おやつを食べるようになる。

そしてある日、尻尾を振る。その瞬間、涙を流す飼い主も少なくないという。何気ない行動が、大きな意味を持つ瞬間に変わる。

■飼い主へ伝えたいこと

ビビリな犬と向き合う日々は、簡単なものではない。距離が縮まらないことに悩み、「自分のせいでは」と感じてしまうこともある。それでも亜子さんは、まず「自分を責めないでほしい」と話す。

その子は、飼い主を嫌っているわけではない。怖さの中で、ただ必死に自分を守っているだけかもしれない。

また、飼い主自身の状態も大切だという。不安や焦りは、呼吸や声、動きに表れ、それを犬は敏感に感じ取る。逆に、穏やかな状態でいると、その安心感は自然と伝わっていく。

■「その子は今、必死に生きている」

亜子さんは、「能力は安心から開花する」と語る。犬を変えようとするのではなく、安心できる環境を整えること。その積み重ねが、自然な変化につながっていく。固まって動かない姿は、弱さではない。それは、生きるために体が選んだ反応。

もし愛犬が動かなくなったときは、「嫌われた」と受け止めるのではなく、「この子は今、必死に生きている」…そう捉えてみてほしい。

その理解が、関係をゆっくりと変えていくきっかけになるはずだ。

(まいどなニュース特約・渡辺 晴子)