現在の立ち位置を知ることは、自分が一歩前進するきっかけになるかもしれません。漫画家・みじんこさんの作品『空気みたいに生きてた頃の話。』は、幼かったころの作者の体験談としてX(旧Twitter)で注目を集めています。
作者が幼かったころ、クラスでは「自分の好きな人と自分の嫌いな人を書く」というアンケートがありました。作者は、好きな人について記入欄がびっしり埋まるぐらい名前を書きましたが、嫌いな人は特にいなかったため「なし」と記入して提出します。
そして数日後、結果は親のみに伝えられることになります。母によると、クラスで作者を嫌いといった人はいなかったそうですが、好きだという人は1人しかいなかったそうです。
この出来事があってから、いつもどおりクラスメイトが遊びに誘ってくれても、作者は「一緒に遊んでいたのに好かれていたわけじゃないのか」と申し訳ない気持ちになります。そして、このままではいけないと思った作者は、はじめて自分からクラスメイトを遊びに誘うことにしました。
さっそく作者は、温和で優しい女の子・ありんこを公園へ誘いました。内心では「断られるのではないか」「本当に来てくれるのか」と不安でしたが、ありんこはこの誘いに応じて公園までやってきます。最初は作者の話に興味がなさそうな様子のありんこでしたが、やがて滑り台やかけっこなど楽しそうに遊んでくれました。
遊んでいるなかで、作者は滑り台であごを強打して泣いてしまうトラブルもありましたが、翌日の学校では、ありんこと仲良く話をすることに成功します。公園ではありんこが自分と遊んで退屈していないか不安だった作者ですが、嫌われていないことが分かり、安心するのでした。
読者からは「調和を乱さないというのも素敵なスキル!」「自分もこんなアンケートあったなあ」などの声が寄せられています。そこで、作者のみじんこさんに話を聞きました。
■「失敗しても誰かがかばってくれる」優しさに気づけた
-作品を描いたきっかけについて教えてください
コロナをきっかけにマンガを描き始めたのですが、初期のころは「出来事しか描かれておらず、登場人物の感情描写がないからつまらない」といわれていました。リアルな感情を描こうと思ったときに、まずは自分の幼い頃の思い出のうち、何十年経っても覚えている強烈な思い出をそのときの感情とともに描こうと思ったんです。
過去の強烈な思い出のひとつがこちらのお話なんですが、「自分は友達だと思っていたのに、相手にとって自分はそこまで近い存在ではなかった」ことが、当時はすごくショックでした。でも、一度も誰かを誘ったことがない受け身の自分が「誰かを誘う」という勇気ある行動を取ったのはこの時が初めてでした。
自分がありんこちゃんを楽しませることはできなかったけど、「失敗しても誰かがかばってくれる」優しさに気づけたので、チャレンジしてよかったと思っています。
本作は当時の自分のリアルな気持ちを描いたおかげか、SNSでも多くの反響をいただいたので、嘘のない正直な感情を伝えることが、人の心に響くんだなと作品を通じて学びました。
-ありんこちゃんとは、その後も仲良くする機会はあったのでしょうか?
ありんこちゃんとは、その後もほかの友人たちと一緒に遊ぶことはありましたが、際立って仲良くなることはなく普通にいつでも話す関係でした。ありんこちゃんは温和で話しかけやすい、いい子だったんですよね。そのせいか、みんなと本当に仲のいい子でした。
-みじんこさんや、クラスメイトの優しさが伝わる作品でした
ありがとうございます!辛いことがあると、自虐的になったり、他罰的になったりして、ネガティブな状況ばかりに目がいってしまうこともありますが、当時の自分も目立たなかっただけで、毎回、ちゃんと遊びに誘ってもらえていました。
『つらい状況でも、目を凝らせばそこにある救いや優しさ』というテーマは、これは私自身が、苦しい時にネガティブなことばかり考えてしまう性格だからこそ、強く意識している部分でもあり現在、連載している作品『僕と奇跡の救命医』にも通じています。
『僕と奇跡の救命医』は、目が見えない天才少女が主人公のマンガですが、主人公は、大変な出来事が起こって苦しい思いをしても、ネガティブな感情に飲み込まれず、自ら立ち上がって奇跡を起こせる女の子です。
勇気を出して行動したときは、それがたとえうまくいかなくっても、見ててくれる・助けてくれる人はきっと現れる。『つらい時の誰かに寄り添う医者になりたい』というのが主人公の想いですが、私自身もこの作品を通じて、今つらい思いをしている読者の心に寄り添えたらと思っています。
(海川 まこと/漫画収集家)
























