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大蔵省二階の記者会見場。約百人の記者を前に、九六年度予算の大蔵原案説明が始まったのは、二十日午前一時を回っていた。例年よりおよそ三時間遅れのスタートだった。
遅れたのは、経営が破たんした住宅金融専門会社(住専)の問題である。「金融システム安定のため」という理由で、六千八百五十億円もの税金を、バブルの民間不動産融資のツケに費やすことが決まる。武村蔵相は原案発表直前まで、官邸で説明に追われる村山首相に同席していた。
発表は、藤井秀人・主計局総務課長が、予算説明資料を配布し、総括的に説明する。資料は予算の特色など十四種類。しかし、そこに「阪神・淡路大震災」「復興」の文字は一言もなかった。質問もなかった。
「どうなのか」と尋ねると、「想定問答も用意していたのですが。公共事業担当の時に聞いてください」と藤井総務課長。順次、各主計官による担当分野の説明が進み、村瀬吉彦・公共事業担当主計官はこう答えた。
「震災復興は九五年度補正予算で、前倒しして最大限つけた。今後は各省が、事業の実施状況を見ながら適切に措置していく」
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震災後、政府は三度にわたる補正予算で、計三兆三千八百億円の震災関連予算を組んだ。がれき処理など復旧が一段落した後、秋の九五年度二次補正では、住宅建設や都市再開発、区画整理などに数年分の七千八百億円がついた。
兵庫県や神戸市が求めてきた補助制度の拡充、財政支援措置は、詰めた議論にならないまま、各省から大蔵省への要求段階で、見送られている。制度面で二次補正で認められたのは、区画整理内の道路補助基準拡充など一部である。「事実上、決着済み」。それが国の考えだった。
原案から二十五日の政府予算閣議決定へ。焦点がみえにくく、乏しい中で、復興予算は、局長折衝でピリオドを打つ。笹山神戸市長は二十一日、今年最後の上京で、厚生、環境、国土の三大臣に会ったが、テーマは「復活」ではなく、今後の課題にならざるを得なかった。
二十四日に行われた池端国土庁長官(震災担当)と武村蔵相の大臣折衝は、二十省庁の中で十九番目。費やされた時間はわずか五分である。
「復興には、特段の配慮をいただいた。予算で復興分が総額どれくらいになるか。それは各省が全国枠の中で、具体的に事業をふり分けるのを待たねば無理だ。大臣にも、ふり分けで被災地への配慮をお願いした」
折衝後の池端長官の発言は、予算での「復興」の位置を端的に物語っていた。復興に特別枠はなく、縦割りの省庁別個別予算にばらけたことを意味した。
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霞が関に近い神戸市東京事務所。同市震災復興本部の幹部は「住専問題であれだけのことをやりながら」と漏らした。
「民間救済に巨額の税金を出した。貸し倒れを救済する、という意味では、被災地のダブルローンなども似た手法で対処できなかったのか」
住専問題は、農林系金融機関の負担を背景に、自民党農林族が大蔵省を押さえつける形で決着した。批判はあるにしろ、住専には政治が力と知恵を出したと映る。
被災地では、住宅を失った世帯だけで約二十万。高齢者は多く、住宅再建も、生活のそれも、まだ見通しはない。しかし国は、立ち上がれない個人救済に踏み込まない。
幹部は続けた。「限界を超えているのに、自助努力でと来る。われわれ地元自治体の力不足だろうが、被災地の人たちがどんな思いで住専問題を受け止めるだろうか」
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年が明けると、震災一年が巡ってくる。「震災は過去」になりつつある国と、先行きの見えない被災地。復興を国に頼らざるを得ない現実。あまりにも遠い国との距離。打開のカギはどこにあるのか。「復興へ」第七部は、復興で問われた国、そして自治を取り上げる。
1995/12/27