緑の多い仙台市のほぼ真ん中にある宮城県庁四階の知事室。浅野史郎知事は「避難所の小学校体育館を二月初め訪ねたのが、きっかけだった」と話し始めた。
「廊下とか、入り口近くとか、環境が悪い場所に高齢者や障害者がいる。それも独りぼっち、だったりしてね」
プレハブ資材を満載し、建設作業員が乗ったトラック四台が、県庁前を出発したのは一カ月後の三月十日。災害弱者に配慮した受け皿住宅三十二戸を芦屋と西宮につくるためだった。
知事は、厚生省障害福祉課長などを経て二年前、就任している。住宅の仕様、介護者や入居者が集う共用スペースなど、その指示は細かかった。関係業界にも協力を要請、約七千万円の費用は募金で賄った。
「戸数が足りないのは分かっていたが、災害で弱者の住宅はどうあるべきか。アプローチの仕方を示したかった」。頭にあったのは、バリアフリーの仮設住宅だったという。
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被災地を中心に約四万八千戸建設された仮設住宅。根拠は、災害救助法によっている。
しかし、基準は三十年前に出された厚生事務次官通知で、対象者、面積、設置期間、建設限度額が決まっているだけだ。しかも基準は実態に合わず、厚生省との協議による「特別基準」で運用されてきた。
もちろん、次官通知に、弱者向け仮設住宅の仕様規定はない。
被災自治体でも、模索は続いた。なにしろ戸数は膨大だった。兵庫県の藤原保幸住宅建設課長は「国から高齢者対応が必要だとも言われたが」と振り返る。
「特別基準にそんな仕様はなく、短期間に大量の仮設が必要だった。ニーズに合わせ、建設後の改良を選ばざるを得なかった」
改良とは、一般仮設での段差解消、スロープ、手すり取り付けなどを指す。が、それも厚生省と逐一、協議したうえでのことだ。
神戸市には現在、高齢者、障害者対象の「地域型仮設住宅」が二十一カ所、千五百戸ある。市街地に建つが、寮形式で個室が並んだ二階建て。宮城県が建設したような配慮に乏しい。
「歯がゆい気持ちでいっぱいだ」と同市の中川徳一郎仮設担当係長は話した。
「市街地の二階建ては、当初、地域を離れたくない人の戸数確保が狙いだった。国に要望したが、『前例がない』と進まない。ゴーサインが出たころには、状況が違っていた。避難所に残っていた高齢者、障害者には、二階で生活できる人もかなりいた。それで活用に踏み切った」
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政府の阪神・淡路復興委員会で、一番ケ瀬康子・東洋大教授は「大都市直下型の震災は同時に、高齢社会が迎えた最初の震災だった」と指摘。災害救助法見直しの必要性を訴えている。
同委員会への意見書提出で、伊丹市も「実態に合わない部分が、救助法など関連法律にかなりあることが明確になった」と、仮設の構造、広さ、災害弱者への対応などを挙げた。
昨年十一月、厚生省は災害救助のあり方を探る研究会をスタートさせた。検討項目には「災害弱者対策」も入っている。
同省保護課の吉田裕明課長補佐は「救助法はもともと弾力的運営ができる法律になっている。実施主体は地元だから、がちっと決めるのがいいのかどうか」と話す。
研究が法改正に結びつくのか。同省はまだ明言を避けている。
1996/1/5