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碑は語る 震災10年

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手を合わせる。ほほ笑みに思う、10年の歳月=神戸市東灘区御影石町、理性院
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手を合わせる。ほほ笑みに思う、10年の歳月=神戸市東灘区御影石町、理性院

  • 手を合わせる。ほほ笑みに思う、10年の歳月=神戸市東灘区御影石町、理性院

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手を合わせる。ほほ笑みに思う、10年の歳月=神戸市東灘区御影石町、理性院

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 石像の仏さま。そのほほ笑みは、穏やかだが、力を感じる。

 神戸市東灘区御影石町、理性院(りしょういん)。仏さまの傍らの木板には、「大震災のとき このほとけさまは生まれた…どんなときにもほほえみがありますように」とあった。

 大震災の年、ボランティアとして駆け付けた芸術家、岡倉俊彦さん(63)=栃木県馬頭町=が、六甲八幡神社(神戸市灘区)の倒壊した鳥居でつくった。「焼け野原の中で彫った。仏さまの笑顔で被災者の気持ちが少しでも和めば、と思った」。惨状は、十年がたとうとする今も、岡倉さんの脳裏に焼き付いている。

 付近一帯は、炎にのまれ、二十数人が犠牲になった。そばのアパートでは母娘が崩れた建物の下敷きになった。少女は当時中学三年生。「ふみえちゃん、春になったら高校生やな」。そう声を掛けた、のどかな日を住職の西蔵全祐さん(51)は覚えている。

 ふみえちゃんの兄、姉は家屋から何とか抜け出した。必死になって助けを求めていた、二人の声が耳から離れない。

 どうしようもなかった。がれきの山が道路を遮り、バケツリレーはささやかな抵抗でしかなかった。西蔵さんは、当時の付近の地図を描き、「この家の人も、この家の人も…みんな亡くなった」と、次々に黒く塗りつぶした。西蔵さんは、自衛隊員と一緒にがれきの中から近所の人たちを捜し出し、骨を拾った。

 理性院も焼け落ちていた。一九九二年に完成したばかりだった。

 つらい話が続いた。帰り際、もう一度、仏さまに目をやった。柔和な笑顔が、胸に染みた。

(記事・中部 剛、写真・藤家 武)

2004/9/2

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