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碑は語る 震災10年

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犠牲者のめい福を祈り、合掌=神戸市須磨区戎町1、信行寺
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犠牲者のめい福を祈り、合掌=神戸市須磨区戎町1、信行寺

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 鉄筋コンクリート三階建て、洋館風のしゃれたデザイン。親鸞上人の像がなければ、寺とは気付かず、通りすぎたかもしれない。その足元に、黒御影石の碑があった。

 神戸市須磨区戎町、信行寺。碑には「涙を越えて 阪神大震災全犠牲者之碑」と刻まれていた。

 震災直後、寺の近くから出火。倒壊した寺は、瞬く間に炎にのみ込まれた。命からがら逃げ出した、三代目住職の米田睦雄さん(63)と家族は、近くの大黒小学校で避難生活を送った。

 火事は、延べ約二万四千平方メートルを焼き尽くし、十二人が犠牲になった。ゴム工場に火が燃え移ったこともあり、火はすさまじい勢いで燃え広がった。真っ黒な煙とともに猛火に包まれた。

 住民らは寝間着姿、はだしで逃げた。救助や消火に走り回ったが、道具も水もわずかしかなかった。高層マンション屋上にあった貯水槽の水をまいた。公園の砂を用い、バケツリレーで延焼を防ごうともした。生き地獄のようだった、という。

 「寺は大丈夫だろう」と、避難してきた住民もいた。米田住職は「力になれず、残念だった」と語った。その無念を、震災から五年後に再建した寺に込めた。「燃えない、つぶれない。耐震に配慮し、被災者を受け入れるスペースもつくった」と力を込める。

 碑は、人が祈り、手を合わせる「合掌」をイメージしている。側面には、亡くなった檀家(だんか)二十八人の名前が刻まれた。

 区画整理が実施され、整備されたまちに、寺の鐘が響く。すべてを焼け尽くした跡から取り出された希望の鐘。昔と変わらぬ音が、胸に深く染みた。

(記事・須々木俊夫、写真・小林良多)

2004/9/30

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