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碑は語る 震災10年

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碑は同胞の墓に囲まれて立っている=神戸市長田区滝谷町、神阪中華義荘
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碑は同胞の墓に囲まれて立っている=神戸市長田区滝谷町、神阪中華義荘

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 碑は、小さな山の斜面中腹にあった。横一・七メートル、縦〇・八メートル、高さ一メートル。「阪神淡路大震災華僑留学生犠牲者慰霊碑」の文字の下に、亡くなった在日中国人ら四十八人の名前が刻まれている。裏面には、中国語で震災の記録と祈りがつづられている。

 建立は一九九七年一月十七日。神戸華僑震災対策本部が、神戸市長田区にある中国人墓地「神阪中華義荘(しんはんちゅうかぎそう)」内に設けた。華僑らがお花代として建立費を負担。本部長を務めた林同春・神戸華僑総会名誉会長(79)は「同胞の悲劇を歴史として残したかった」と振り返る。

 震災から十年を迎えた今年一月十七日、「中国人留学生犠牲者の親を招く会」(林同春会長)の招待で来日した約二十人が碑を訪ねた。その中に、招く会のきっかけをつくった奚静紅(けい せいこう)さん(54)の姿もあった。

 神戸市内で上海料理店を経営する奚さんは、震災で、おいの〓山さん=当時(23)=を失った。〓さんは日本語を学びながら働いていた。中国で飲食店を開く夢を持ち、あと半年で帰国する予定だった。しかし、婚約者と共に、アパートの下敷きになった。

 刻まれた名のうち十六人が留学生や就学生。「日中友好の懸け橋となることを夢見ていた。それぞれ勉強しながら、生活費と学費を稼ぐため必死で働いていたと思う」と奚さん。碑に向かって、「これからも復興のために頑張るね」と誓った。

 眼下に神戸の町と海が広がる。碑は、若者らが夢を託した町を静かに見守り続ける。

(記事・網 麻子、写真・後藤 剛)

(注)〓は「登」の右に「おおざと」

2005/2/24

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