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碑は語る 震災10年

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町立ホールの横にオブジェのように立つ「神戸の壁」。被災地同士を結び付け、記憶を永遠に伝える=津名郡津名町志筑新島、しづかホール
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町立ホールの横にオブジェのように立つ「神戸の壁」。被災地同士を結び付け、記憶を永遠に伝える=津名郡津名町志筑新島、しづかホール

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町立ホールの横にオブジェのように立つ「神戸の壁」。被災地同士を結び付け、記憶を永遠に伝える=津名郡津名町志筑新島、しづかホール

町立ホールの横にオブジェのように立つ「神戸の壁」。被災地同士を結び付け、記憶を永遠に伝える=津名郡津名町志筑新島、しづかホール

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 むき出しになった鉄骨。はがれ落ちたコンクリート。高さ七メートル、幅十三メートルの壁が一枚だけで垂直に立ち、東を見据える。大阪湾に上る朝日を一身に受けながら。

 津名郡津名町、しづかホール。「神戸の壁よ永遠なれ かたちあることによって思いは薄れない」。碑文は、神戸市長田区若松町から海を渡った数奇な運命を伝える。

 昭和初期に建てられた公設市場の防火壁だった。阪神・淡路大震災で一帯は火に包まれ、多くの人が犠牲になった。

 半年後。被災物の保存に取り組む「リメンバー神戸プロジェクト」の代表、三原泰治さん=神戸市垂水区=が壁に出合った。「がれきの中で堂々と立つ悲愴(ひそう)な美しさに震えた」。「神戸の壁」と命名し、保存運動に乗り出した。

 現代芸術家の三原さんは人の影を十字架のように壁に照らし出し、周囲に花を植えるなどのパフォーマンスを展開。だが、保存のめどが立たないまま一帯に復興再開発事業地域の網が掛かった。

 あきらめかけた矢先、「同じ被災地。神戸が無理なら淡路島に」と、同町の柏木和三郎町長が申し出た。「一億円の金塊(きんかい)」を考案した名物町長を、住民は「思い付き町政」と批判した。二〇〇〇年一月、移設と永久保存の工事が完成した。

 「戦災と震災に耐えた歴史の証人を大切に守り続けたい」と町長。来年一月には、移設後五年にして初の震災イベントを企画。同プロジェクトと共催で壁をテーマにコンサートや絵図展を開く。

 「人の語り部はいつか途絶える。原爆ドームのように物の語り部を残した創造的復興を」。三原さんはそう訴え続けている。

(記事・写真 直江 純)

2004/10/14

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