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碑は語る 震災10年

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明石公園内に立つ震災碑。明石の被害を記憶し続ける=明石市、兵庫県立明石公園
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明石公園内に立つ震災碑。明石の被害を記憶し続ける=明石市、兵庫県立明石公園

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 親子連れが憩う兵庫県立明石公園の正面入り口奥。西芝生広場に白御影石の碑が立っている。震災を記録する記念碑だ。

 高さは二メートル九センチ。プロレスラーの故ジャイアント馬場さんの身長と同じだ。馬場さんは、夫人の出身地が明石だったことから、この地と縁が深かった。碑は一九九八年、当時、全日本プロレス代表だった馬場さんが、興行で募った震災義援金を明石ロータリークラブに寄付し、建立された。

 これはいつかあったこと
 これはいつかあること
 だからよく記憶すること
 だから繰り返し記憶すること
 このさきわたしたちが生きのびるために

 碑には「明石の震災を忘れないために」と、神戸市長田区在住の詩人安水稔和さんが作った詩が刻まれる。傍らには、七十センチ四方の黒御影石。震災での明石での被害が記されている。

 死者二十六人。負傷者千七百四十五人…。

 「全壊家屋の戸数など、細かく記録した」と話すのは当時、同RC会長として尽力した医師の田路良博さん(70)。

 田路さんは「馬場さんの明石に対する思い入れはかなり深かった。奥さんの実家も震災で全壊したということもあり、なんとか明石市民のために尽くしたいと話していた」と振り返る。

 「神戸や阪神間に比べて、明石の被害はあまり注目されない。馬場さんも心配していた。明石も被災地だった事実を多くの人に知ってもらいたかったのです」

 馬場さんの願いのこもった碑は、明石の震災被害を永遠に記憶し続ける。

(記事・写真 植田治男)

2004/9/16

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