台風23号で、兵庫県出石郡出石町奥山の民家が、土砂崩れに直撃された。近くの住民の記憶では「午後七時から八時の間」の出来事だった。
秋山栄孝さん(63)と妻の文子さん(56)が生き埋めになった。文子さんはろっ骨などを折る重傷を負いながら、自力ではい出した。
知らせを受けた中島久夫区長(71)が、消防や町役場に事態を伝えようとした。しかし、電話は通信ケーブルの損傷で不通だった。携帯電話も、通話集中で発信が制限されていた。
阪神・淡路大震災当時、中島区長は神戸市灘区の酒造会社で蔵人を務めていた。「あの時と一緒。今回も肝心なときに通信手段が機能しなかった」
地区外へつながる唯一の県道は、土砂崩れで車が通れなくなっていた。中島区長は付近住民とともに、川の濁流で削られた道を歩き、約四キロ離れた最寄りの集落へ向かった。消防団を引き連れて戻ると、日付が変わっていた。出発するときにはした栄孝さんの声は、もう聞こえなかった。
阪神・淡路直後、固定電話がかかりにくくなる中、脚光を浴びたのが携帯電話だった。一九九五年三月末、四百三十万件だった契約台数は、今年十月末で約二十倍の八千五百万件に上る。
皮肉にも、普及によって当初の利点が消えた。処理機器のパンクを防ぐため、通話が集中すると通信が規制される。固定電話と同じ構図だ。
優先的につながる公衆電話は、採算悪化を理由に町中から次々と姿を消している。いざというとき、携帯もつながらない。災害時の通信は今も、極めて心もとない状況にある。
対策がないわけではない。固定、携帯を問わず、「通話の集中を避ける仕組み」づくりがその要だ。
NTTの「災害用伝言ダイヤル」に続いて、NTTドコモは今年から、「災害用伝言板サービス」を始めた。
「伝言板」への登録は、新潟県中越地震では九日間で約九万件、台風23号では二日間ほどで約八千件あった。需要の多い安否確認を、一般通話と別ルートにしたシステムだ。
携帯電話から一一〇番や一一九番にかける緊急通報のほか、行政機関同士の通信などを確保する対策も進み始めた。
従来、携帯と基地局の間の無線区間では、一般通話と緊急通報が区別されず、一律に発信規制されていた。携帯各社は昨秋の発売機種から順次、緊急通報は規制外とする仕組みを導入している。
携帯電話のメール機能を緊急通報に生かす動きもある。
大阪や横浜市などでは、聴覚障害者らを対象に、メール一一九番を受け付けている。兵庫県警も同様に今年三月、メール一一〇番の運用を始めた。消防庁は「規制される可能性が低いなら、災害時における緊急通報の有効なツールになり得る」と期待する。
ただ、発信者の居場所を特定することは難しく、メールの到着が遅れるケースもある。「課題が解消されない限り、導入は難しい」と神戸市消防局。災害時の運用について、兵庫県警も「現時点では想定していない」と話す。
携帯電話のメールは昨年五月、三陸南地震で、通話と一律に規制された。その反省に立って、NTTドコモは今年四月、通話とメールを個別に制御するシステムに変えた。
基地局などの設備が機能していれば、メールで誰かに「SOS」を知らせ、通報を仲介してもらうことはできるようになった。
通話が規制された中越地震や台風23号でも、メールは規制されなかった。他の携帯各社も取り組みつつある。
災害時の通信確保には、なお心細さが残るが、市民側にも、可能な手を使いこなす知恵が求められている。
2004/11/30