海は荒ぶっていた。
スーパー低気圧が北日本に大雪を降らせた昨年12月末。海と陸をきっぱりと隔てるように建設が進む巨大防潮堤の前で、三浦友幸(34)は悔しさをにじませた。
「なぜ、防潮堤ありきなのか。防潮堤のない復興、という選択肢はないのか」
リアス式海岸のはざまにある宮城県気仙沼市の大谷(おおや)海岸。年間6万人が海水浴に訪れる地元のシンボルだったが、津波が元あった防潮堤と白砂青松を押し流した。
三浦は津波で母を失った。それでも地域の若手リーダーとして海との共生の道を探る。
「ふるさとを離れても、帰郷すればみんなで浜に集まる。防潮堤ができれば大谷は大谷でなくなる」
その砂浜を丸ごと防潮堤に置き換える計画が公表されたのは2012年6月。所管する林野庁が住民説明会で「高さは9・8メートル、幅は40メートル」と伝えた。
防潮堤計画は、東日本大震災の被災3県で総延長約400キロ。総工費8千億円の巨大事業だ。
だが全ての計画は住民に意見を聞かないまま、突然示された。
■
関西学院大神戸三田キャンパス。総合政策学部教授の長峯純一(58)がその理由を解説した。
「災害復旧、つまり失ったものを元に戻す工事だから、住民の意見を聞く必要がないと行政は判断したのだろう」
長峯は気仙沼市出身。住民団体に請われ、復興の助言を続ける。
計画の根源をたどると、住民説明会の1年前、国土交通省、農林水産省、水産庁の課長が連名で出した1枚の通知に行き着く。
〈設計津波の水位の設定方法などについて〉
津波を発生頻度の高いレベル1、東日本大震災並みだが頻度は低いレベル2に分類。レベル1は防潮堤による防御を前提にするとした。中央防災会議の中間報告を受けたものだ。
宮城県はこれを受けてシミュレーションし、高さを機械的に設定した。その結果、防潮堤の高さは震災前の2~4倍に跳ね上がった。
長峯は指摘する。
「実は中央防災会議も国も、周辺環境との調和も必要と付言している。だが、実態は『通知』に逆らえない主従関係。県にも自治の発想はなかった」
災害復旧工事は国の全額負担だ。宮城県議会の質疑で知事の村井嘉浩(54)は本音を漏らしている。そこには国と地方の変わらぬ関係がにじむ。
「今回が最大のチャンス。今やらないと、県の財源を拠出しないといけなくなる。もう造れないということですよ」
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国が定める復興集中期間は5年間で予算25兆円。
「住民の命を守る」とする村井の使命感に理解を示す気仙沼市議、今川悟(39)は言う。「都市の論理を農漁村に押し付ける国は現実が見えていない。にもかかわらず、期間中に事業を進めなくては、という焦りが被災地を追い詰めている」
住民の反発を受け、国や県は柔軟な姿勢を見せ始めた。気仙沼市は昨年末、大谷海岸の砂浜を守る代案を示した。
「住民が守りたいものがまず先にあって、その後に防潮堤の是非や高さを決めればいい」
三浦はまだ、あきらめていない。
=敬称略=
(木村信行)
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