「34M」
ラベルにそう記された缶詰がある。
昨年3月。高知県黒潮町の高台に、真新しい工場が稼働した。今は町内だけの販売だが、4月からは「MUJI」を展開する「良品計画」(東京)と提携した商品が全国で販売される。
きっかけは、政府の中央防災会議が2012年に発表した南海トラフ巨大地震の津波想定だ。同町が突きつけられたのは、全国最大となる津波高34・4メートル。最大震度7。1メートルの津波が到達するまで最短8分。課題は山積していた。
■
高齢化率は38・8%。多くの若者が高校卒業後、都市部に出ていく。新想定で過疎化に拍車がかかる恐れがあった。「過疎は『静かな災害』だ。新たな要因に対応するにはスピードが必要だった」。町長の大西勝也(44)は述懐する。
大津波の脅威を逆手に取り、町おこしにつなげられないか。たどり着いたのが缶詰だった。
同町は地元金融機関などと缶詰製作所を設立し、特産のカツオなどを材料に、缶詰製造産業の定着を目指す。地震や津波で長期間、孤立を強いられる際には非常食にもできる。雇用を少しでも増やすことで若い世代をつなぎ留め、共助の基盤の底上げにもつながる。
もちろん、缶詰だけで命が助かるわけではない。町は職員200人を地域に派遣し住民との対話を増やし、不安解消を図る。避難路や避難所の整備を進めつつ、住民一人一人がどこへどう逃げるのか、個人レベルの対策にも踏み込み、「犠牲者ゼロ」を追求する。
一方で、大西は「住民が24時間、津波や命の心配ばかりしている町に住みたいですか」と問う。「住民に精神的な負担が伴いすぎないよう、日常生活に防災を組み込んでいく。そんな風土をつくりたい」
■
20年前、阪神・淡路大震災を経験した神戸市でも、防災を日常に組み込む取り組みは進められてきた。その一つが「防災福祉コミュニティ(防コミ)」だ。
小学校区単位を基本に、自治会や老人会などで組織され、日常の助け合いの中で、地域での防災力を高める。現在は市内全域の191地区で結成されている。
同市長田区南部の真陽地区。震災で倒壊を免れた家屋が多く、今も住民が夕飯のおかずをやりとりするなどつながりは強い。一方で高齢化率は3割を超え、南海トラフ地震では救助と避難をどう両立させるかが課題となる。
真陽地区防災福祉コミュニティ代表の中谷紹公(つぐまさ)(67)は、黒潮町で避難対策に関わる京都大防災研究所教授の矢守克也(51)に協力を依頼。震災20年となる17日、地区を襲う津波から逃げ切れるか、シミュレーションが住民に公開される。
一部の防コミでは、担い手の固定化など形骸化が指摘される。矢守は「阪神・淡路を知る世代が、東日本大震災の衝撃や南海トラフでの津波想定を通し、その経験を継承していこうとしている」とみる。
ただ、地域のつながりが薄まり、自治会さえない地区もある。防災を日常に組み込み、次の世代にどう託していくのか。
矢守は言う。「共助は地縁の範囲だけではない。地域の防災力を高めるには、趣味などのつながりを生かしたアプローチも考えていく必要がある」=敬称略=
(高田康夫)
2015/1/12(14)6434人の魂 「1・17」を永遠の原点に2015/1/15
(13) 大地の警告 脅威と恩恵、表裏一体に2015/1/14
(12)タイムライン リスク恐れず早めの対策2015/1/13
(11)共助の底上げ 防災を日常に組み込む2015/1/12
インタビュー 高知県黒潮町長・大西勝也氏2015/1/12
(10)超高齢社会 先取りした課題目の前に2015/1/11
(9)まちづくり 引きずる経済成長の幻影2015/1/10
(8)1兆円市場 寄付の力で真の地方創生を2015/1/9