昨年10月13日午後4時。その日の「最終電車」が発車すると、神戸の街から人の姿がめっきり減った。
3連休の最終日。本来なら多くの人でにぎわう時間だ。同日夜に最接近が予想された台風19号に備え、JR西日本は初めて前日から運休を予告。多くの店舗が閉店時間を早めた。
背景には、同年夏に丹波市や広島市などで起きた豪雨による土砂災害がある。いずれも未明の発災だったが、運行中なら人的被害は避けられない。
長距離運行や各路線に乗り入れるJR西では、一部でも運行が止まると、影響は広範囲に及ぶ。台風19号は「最強クラス」とされ、2004年に兵庫県内に甚大な被害をもたらした台風23号と同様のコースをたどるとの予想もあった。
鉄道本部安全指導課は「相当な被害が出る恐れがあった。複数の線区で長時間の運行中止が見込まれ、駅や駅間での長時間停車を避けるためにも、事前に運休を決めた」と説明する。
私鉄が運行したこともあり、反響は大きかった。「ぎりぎりまで走らせてほしかった」「安全確保には良かった」など賛否の声が相次いだ。NPO法人CeMI環境・防災研究所(東京)がインターネットで利用客に賛否を尋ねると、7割以上が支持した。副所長の松尾一郎(59)は「社会全体が早めに行動する効果を考えるきっかけになった」と評価する。
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「タイムライン(事前防災行動計画)」。新たな防災の取り組みで、予告運休はその考え方に沿う。台風接近前に、関係機関がいつ何をするかをあらかじめ一覧にし、連携を強めて対応の漏れをなくす。米国のハリケーン対応に学び、松尾らが導入を提唱する。
国土交通省は14年度を「タイムライン元年」とし、国の直轄河川で試行を重ねる。東京都の荒川下流域や名古屋市の庄内川では検討会が設置され、公共交通機関も入り議論を進める。
社会全体で取り組むことで、大きな効果が期待できるが、実施する上で“空振り”に終わったときの損失が課題となる。地域全体の活動を止めれば、社会的、経済的な影響は計り知れない。台風19号でも、JR西の予告運休に合わせ、午後3時に閉店した大丸神戸店は、10月の売り上げが前月比0・1%減った。
近畿地方整備局河川部は「今の台風の予測精度では企業や工場を巻き込む責任は取れない。水位予測までが限界」。近畿運輸局安全指導課も「あくまで事業者の判断で」と慎重だ。
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かつて、同じような議論があった。
東海地震を想定した大規模地震対策特別措置法。地震予知を前提に、首相が「警戒宣言」を出せば、静岡や愛知などの対策強化地域で経済活動が止まる。政府の中央防災会議は02年、空振りに終わった場合の経済損失を1日3451億円と試算。国は原則補償しない方針で、実際に経済活動を止める難しさも指摘された。
同会議は南海トラフ巨大地震の最終報告で、予測の可能性は「一般的に困難」と結論付けた。だが台風による水害や高潮、火山の噴火など予測可能な災害はある。命を守るために、事前の行動に踏み切れるのか。
松尾は警鐘を鳴らす。
「災害対策基本法そのものが事後対応だ。後追い、場当たり的な対応を続ける限り、同じ過ちを繰り返すことになる」
=敬称略=
(高田康夫)
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