連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

災の国~問われる「覚悟」~

  • 印刷
「ココライフ魚崎」で昼食を共にする高齢者と桑原美千子さん(中央)=神戸市東灘区魚崎北町(撮影・三浦拓也)
拡大

「ココライフ魚崎」で昼食を共にする高齢者と桑原美千子さん(中央)=神戸市東灘区魚崎北町(撮影・三浦拓也)

「ココライフ魚崎」で昼食を共にする高齢者と桑原美千子さん(中央)=神戸市東灘区魚崎北町(撮影・三浦拓也)

「ココライフ魚崎」で昼食を共にする高齢者と桑原美千子さん(中央)=神戸市東灘区魚崎北町(撮影・三浦拓也)

 始まりは、仮設住宅だった。

 NPO法人「てみずの会」が神戸市東灘区で運営する協同居住型集合住宅「ココライフ魚崎」。1階は個室4部屋と共用の食堂・交流室がある高齢者のグループハウス、2~4階は7戸の分譲住宅になっている。

 阪神・淡路大震災後、同区の手水公園にあった高齢者・障害者向け仮設住宅の入居者が「一緒に暮らし続けたい」と希望し、生活援助員だった桑原美千子(64)=同法人代表理事=が実現に動いた。

 震災で夫と自宅を失った女性が跡地を提供し、復興基金の補助金約4千万円や入居者の負担金で建てた。仮設住宅から3人がグループハウスに入った。

 完成から15年。80~90歳代で入居した3人は桑原にみとられて旅立った。「震災で苦労したけど、出会えてよかった」。そんな感謝の言葉を残した。その後も桑原はここで10人以上をみとり、11年前には亡き住人から託された資金を基に、2カ所目の高齢者用住宅を開設した。

      ■

 ココライフ魚崎は今、地域福祉の拠点になっている。

 お昼どき。1階の食堂にはグループハウスの入居者に加え、上階の分譲住宅の住人も集まってくる。ほとんどが80歳以上だ。

 「1人で住んでいても、家事をこなすことが難しい人は多い。20年で地域の高齢化は確実に進んだ」

 そう話す桑原は、住宅内のサービスを地域に広げてきた。入居者に出す食事は周辺の高齢者にも1食550円で配達する。交流室では介護予防のデイサービスも実施している。

 東日本大震災後は、被災地から視察が相次ぐ。高齢者の住まいの在り方を模索する人々に、訴えるのは支援組織の必要性だ。

 「高齢住民だけの支え合いは限界がある。仮設住宅でそれを実感した」

      ■

 「超高齢社会の課題を先取りした」といわれる阪神・淡路大震災。仮設住宅で230人を超えた孤独死(独居死)はそれを如実に示した。

 20年がたつ今、課題は目の前にある。兵庫県の高齢化率は25・3%で、1995年の14・1%から10ポイント以上増加した。

 ココライフ魚崎の試みは、高齢社会の進展をにらみ、認定NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸(東灘区)理事長の中村順子(67)らがつくった「なかまと住まう研究会」の議論が契機だった。福祉や建築の専門家らが集う会の発足は、阪神・淡路復興委員会の委員長、下河辺淳(91)の後押しがあった。

 この20年、被災地の課題をさまざまな事業につなげてきた中村。今年から介護保険事業の一部が市町村に移行するのを前に、NPOや住民組織による協議体で高齢者の生活を支える神戸市のモデル事業に関わる。

 「地域が高齢化しているのに行政から多くの役割が降ってきて、住民組織が疲弊している。地域の多様な力を集める必要がある」

 震災は、介護保険制度さえない時代だった。中村はモデル事業に関わりながら「20年の積み重ねがあったからこそ、今のような連携ができる」と感じる。

 「生かされた命を守る」という人々の切実な思いで積み上げられてきた被災地20年の挑戦。今後、大災害が予想される地域にも、その経験を伝える時期に来ている。=敬称略=

(磯辺康子)

2015/1/11

天気(12月3日)

  • 15℃
  • ---℃
  • 20%

  • 13℃
  • ---℃
  • 50%

  • 16℃
  • ---℃
  • 10%

  • 15℃
  • ---℃
  • 30%

お知らせ