針路21

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 新型コロナウイルスの感染が広がり、大規模イベントの自粛が始まった3月3日、1人の劇作家が亡くなった。

 別役実、享年82歳。日本のベケットと呼ばれ、「不条理劇」というジャンルを、ほぼ1人で切り開いた。兵庫県では県立ピッコロ劇団の第2代代表も務めていた。

 別役さんと最後にゆっくり話をしたのは、2011年5月、まだ東日本の震災から50日ほどしかたっていないゴールデンウイークのただ中だった。当時、テレビやネットなどで宮沢賢治の『雨ニモ負マケズ』が話題になっていることについて、別役さんは以下のような話をされた。

 「私もあの詩は好きだし、あの詩が多くの人に読み継がれているのはいいことだと思う。ただ、あの詩で本当に大事なところは、『雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ』頑張っていこうというところではなく、『日照リノ時ハ涙ヲ流シ、寒サノ夏ハオロオロ歩キ』の方なのではないか」

 今テレビでは連日、ポピュリストと目されてきた首長や元首長たちの勇ましい言葉が飛び交っている。もちろん知事や市長が「オロオロ歩キ」では困る。だが勇ましい言葉を語ったところでウイルスが死滅してくれるわけでもない。

■苦しみに寄り添い 涙する心

 非常時、人は強いリーダーシップを求めたがる。それは仕方のないことだが、強いリーダーは、その権威を維持するために、時に間違った道を進むこともある。トランプ米大統領に代表されるポピュリズムの政治家は、株価や失業率といったわかりやすい数字の成果を好む。今回で言えば、新型コロナの制圧という数字に集中するあまり、他の医療機関、他の病気の患者さんたちにしわ寄せが行き過ぎていないかが危惧される。今はとやかく言うべき時ではないとしても、のちのジャーナリズムによる検証は重要となるだろう。

 ポピュリズムのもう一つの特徴は、わかりやすい敵を作ることだ。これもトランプ氏を例に挙げるなら、今は中国が彼の最大の標的になっている。

 ポピュリストの政治家は、社会を「エリートと非エリート」「既得権益層とそこから除外された者」といったように強く分断し、自分を後者のリーダーと位置付ける。そして、激しい言葉で既得権益を持った(とされる)エリート層を罵倒する。ここ10年ほど、日本では、その矛先は公務員や教員に向かっていた。ポピュリズムは新自由主義と相性がいいので、図書館や文化施設、あるいは労組や病院なども、その標的となった。

 彼らは、その標的を見つけるのがうまい。昔、学校に必ずいた「いじめる対象を見つけるのがうまい子供」を思い出してもらえればいい。周りの子供たちも、時には教師さえも、「まぁ、あの子ならいじめられても仕方がないか」とつい感じてしまう。「使っていない病床がこれだけあり、これほど多額の医療費が使われている。無駄でしょう」と強い言葉で言えば、多くの人はたしかにそうかと納得してしまう。

 ところが、今回のウイルス禍は、こういった新自由主義のある種の限界も露呈させた。イタリアの医療崩壊は、ベルルスコーニ政権の新自由主義、その後のユーロ危機における緊縮財政に起因する医療費削減が大きな要因となっている。アメリカの感染拡大は、4千万人といわれる無保険者が感染の起点となってしまったと考えられる。

 私たちの社会には車のハンドルで言うところの「遊び」が必要なのだ。一見、無駄に見えるかもしれないが、万が一の時に対応する余力を社会全体に残しておかなければならない。実際、このウイルス禍の以前から、各自治体とも公務員を減らしすぎて災害対応などが難しくなっていたという声も聴いた。

 芸術は、その「遊び」の最たるもので、平時でも攻撃の対象とされやすく、さらに非常時には排除の的となる。だが、本当にそれで、社会全体の調和が保てるのだろうか。ドイツの文化大臣は、「アーティストは必要不可欠なだけではなく、生命維持装置だ」とまで言い切っている。これもまた、今は言っても詮ないことなのかもしれないが…。

 話を戻そう。では私たちは、どんなリーダーを求めるべきなのか。

 理想論かもしれないが、私は、「日照リノ時ハ涙ヲ流シ」てくれるリーダーが必要なのだと思う。もちろん、記者会見で涙を見せろと言っているわけではない。このウイルス禍で苦しんでいるすべての民草に寄り添って、まぶたの裏で涙を流すリーダーであってほしいのだ。

 今回、たいへん不幸なことにライブハウスが感染の一つの起点となった。彼らに極端な落ち度があったわけではない。しかし、今もライブハウスは悪者扱いで開業までの道のりも遠い。

 できるなら閉じてしまったライブハウスにも、出演するはずだったアーティストやスタッフにも、そしてそこに来られなくなったファンの方たちの気持ちにも思いをはせて涙する政治家がいてほしい。

 「涙など一文の得にもならない」というご意見もあるだろう。しかしこの「一文の得にもならない」ことこそが文化であり、遊びであり、社会を支える心のインフラなのではあるまいか。(ひらた・おりざ=劇作家、演出家)

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