針路21

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 はじめて米国の首都ワシントンDCを訪れたのは1979年の夏だった。70年代末、いまだベトナム戦争の影を引きずり、アメリカ社会が精神的にも経済的にも、もっとも落ち込んでいた時代だ。

 時の大統領はジミー・カーター。ピーナツ農場主からジョージア州知事となり、それを1期務めただけで無名の大統領候補へ。まったくのダークホースから一挙に現職のフォード大統領を破り去った彼は、就任当初は圧倒的な人気を誇った。しかしイラン革命(79年2月)、スリーマイル原発事故(同3月)などの不幸が重なり、第2次オイルショックからのインフレによって支持率は急落していく。

 スミソニアン博物館や美術館を回った後、私は夕暮れ時のホワイトハウスを訪れた。不人気なはずの大統領だったが、ホワイトハウスを囲む柵には人が鈴なりになり、皆が「ジミー」と叫んだり、見えない主に向って手をふったりしている。それは日本の首相官邸では見ることのできない風景だった。

 そうかと私はふに落ちた感があった。大統領はどんなに支持率が下がっても、やはり国父(国母)なのだ。

■混迷と分断の始まりはどこに

 米国の中間選挙がこれほどに話題になった年があっただろうか?

 例年は投票率が下がるとされるこの選挙が多くの注目を集めたのは、まれに見る接戦という以外に、やはり良くも悪くもトランプ氏の存在が大きかった。

 長年言われてきた共和党が抱える構造的な問題もさらに深刻さを増した。トランプ氏が持つ岩盤の支持層は揺るぎなく、党内の予備選挙では勝てるのだが、それでは中間層の支持が得られずに本選挙で票を伸ばすことは難しい。

 かつて、国父たる大統領は、選挙は激しく戦っても、就任後は国内融和に努めたものだった。しかしトランプ氏は在職中も分断をあおり、先の選挙での落選後はその舌鋒(ぜっぽう)をさらに鋭くしている。

 この傾向はカーターのあとを襲ったロナルド・レーガンの時代に少しずつ現れ、ブッシュ・ジュニアの時代あたりから顕著になる。

 2000年、ブッシュ・ジュニアが選ばれた大統領選も思い出深い。この年の秋、私たちの劇団は初めての北米ツアーに呼ばれた。初演地はニューヨーク。この年は、共にこの町をフランチャイズとするヤンキースとメッツがワールドシリーズを争っていた。9・11テロの前年。思えばこの町がもっとも幸福な一瞬だった。

 ニューヨークいや東海岸の誰もが圧倒的に知性で勝るアル・ゴア副大統領の勝利を確信していた。数々のスキャンダルにまみれたとはいえ、前任のクリントン大統領の経済政策は中道で、共和党員からも一定の支持を得ていたから。

 劇団は公演を重ね、運命の11月7日、私たちは国境を越え、カナダの西端ビクトリアという小さな町に滞在していた。劇場での準備が終わりホテルに戻ると、既に開票速報が始まっている。一時はゴアの当確が流れたがすぐに撤回され、深夜になってやっと結果が出た。どうも予想に反してブッシュが当選をしたようだ。私はそこら辺で力尽きて眠ってしまった。

 翌朝テレビをつけると昨日と同じような開票の場面が流れている。ビデオかと思ったが、そうでもない雰囲気だ。英語なのでよく分からない。インターネットはまだいまほど使いやすくはなかった。ここから1カ月、フロリダ州の開票を巡っての騒動が始まる。

 この選挙は、いまに至る米国政治の混迷の始まりと言える点がいくつかある。開票が遅れ混乱したために、多くの有権者が選挙結果に疑問を抱くようになった。それでもこのときのゴアは、「国家を分断させるよりも団結を」と語って渋々でも選挙結果を受け入れたのだが。

 この選挙では、テレビの討論会でゴアがブッシュを小ばかにする態度が有権者の反感を買った。しかしそれは、反知性主義の始まりでもあった。

 民主党と共和党の支持層が鮮明に分かれ「赤い州・青い州」さらに激戦の「スイングステート」という言葉が使われはじめたのも、このときからだと聞く。

 実は韓国でも同じような話を聞いた。朴槿恵(パククネ)大統領が登場したとき多くの識者たちは「彼女はこれまでの大統領像を壊してしまった」と語った。分断をあおる政策では、彼女は国母とはなり得なかった。

 米韓のような強い二大政党制は、大統領が国民統合の象徴となり融和を図ることによって維持されてきた。その不文律が壊れようとしているとすれば、両国の政治状況は想像以上に危うい。

 さて、翻って日本である。朴槿恵氏やトランプ氏同様に岩盤の支持層に支えられてきた安倍政権が退陣し、菅政権を挟んで、対話型の岸田政権が誕生した。しかし旧統一教会問題など過去の長期政権のツケを払うような形で支持率は急降下している。

 象徴天皇制、議院内閣制は日本民族の気質に合った制度だろうが、せめて政権交代可能な強い野党の存在は必要だと多くの人は考える。民主主義は難しい。しかし私たちはいまのところ、これ以上の制度を持たない。

(ひらた・おりざ=劇作家、芸術文化観光専門職大学学長)

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