針路21

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 ♪へいわって、なんだろう

 息子が広島の保育園に通っていた頃、よく口にしていた歌だ。聞くたびに「そうだね、なんだろうね」と心の中でつぶやいていた。

 爆心地近くの園だけあってか、折り鶴を折ったり、原爆や戦争の絵本を読み聞かせたりする平和学習が行われていた。しかし、相手は3歳から6歳までの幼児である。いったいどうやって「平和」を教えているのか先生に尋ねてみると、みんなで仲良く暮らしたり命を大切にしたりすることが「平和」なのだと話しているとのことだった。

 保育園では、「穏やかにやわらぐ」と「戦争がない状態」という、「平和」の二つの意味を共に学んでいるが、どちらかというと前者に重きを置いている。「平和な心」や「平和な暮らし」であれば、幼くてもつかむことができるからだろう。そのうえで、戦争で命や家族を奪われた子どもの話をすると、「戦争」や「原爆」は「平和」を壊すものだと、子どもたちにも伝わる。

 こうして、それが何であるかは理解できなくとも、戦争や原爆は嫌だという気持ちが、子どもの心に芽生えるのだろう。

■暮らし脅かす権力にあらがう

 戦後日本の平和教育や「戦争体験の継承」では、戦争がいかに悲惨な体験だったかを伝えることで、戦争を否定し、平和を尊ぶ心を育もうとしてきた。しかし、戦争体験を知ることで、平和の大切さが理解できたとしても、それが反戦や非武装といった平和主義の理念につながるとは限らない。

 近代日本の戦争が「東洋の平和」を掲げて遂行されたように、「戦争」と「平和」は、必ずしも対立するわけではないし、「平和な暮らし」を守るためにこそ、武装する必要があると考えることもできるからだ。実際に、戦後日本の世論は、非武装主義を掲げた憲法を擁護する一方で、「力による平和」を暗に支えてきた。

 敗戦から間もない時期、「戦争はもうこりごり」という感情が広く生じていたのは確かだろう。しかし、戦争や再軍備に反対する意見が主流であったかというと、そうではない。1950年代の世論調査をみると、条件付きで戦争を肯定する人の方が絶対反対という人より多かったし、54年の自衛隊発足までは、再軍備に賛成する人が反対の人よりも多かった。また、戦争に絶対反対、再軍備反対の意見が多数派になった60年代になっても、国防のための軍隊は必要という人は、不要という人を常に上回っていたし、自衛隊を肯定する意見も常に多数派だった。

 敗戦後、侵略戦争と軍国主義は否定されたが、国を守るためには武装して有事に備える必要があると考える国家安全保障論は、自衛隊肯定という形で、世論に支持されてきたといえるのだ。

 平和擁護の意識と運動が、日本の核武装や軍事化に一定の歯止めをかけてきたと評価することはできる。しかし、たとえ自衛のための最低限の軍備であったとしても、武装を肯定するのであれば、戦後日本の平和擁護意識を平和主義と見なすことは難しい。

 平和主義(パシフィズム)とは元来、非暴力の信念に基づいて戦争や戦争準備に不服従の態度を貫く抵抗運動であり、例えば、兵役義務への不服従という形をとる。国際政治学者の坂本義和が指摘したように、平和主義は、武力に訴えようとする国家権力に徹底的にあらがう、個人の主体的選択や意思に支えられた思想なのであって、権力との緊張関係に立つことなく平和を擁護する態度を、厳密な意味において平和主義と呼ぶことはできないのである。

 確かに、戦争を繰り返してはならないという意識は、戦後の日本社会で定着した。平和運動や平和教育をはじめ、ジャーナリズムや文化、芸術など多様な領域において戦争体験を記憶する努力が重ねられてきた結果であろう。しかし、体験者の「二度と戦争を起こさないで」「平和を大切に」との訴えを、実感を持って受けとめるのは難しい。「戦争と平和」は日常から遠く、じっくりと向き合う必然性を感じることがないからだ。

 若い世代が、我が事として捉えるには、戦争の被害体験だけでなく、被爆者や空襲被害者らが戦後をどう生きたのかを伝えることが重要なのではないだろうか。戦争で傷を負わされただけでなく、戦後においても、被害を耐え忍ぶよう強いられてきた人々は、被害をもたらした国家に対して償いを求めて立ち上がった。国家の責任を追及してきたその闘いは、戦争を体験していない世代にとっても、学ぶところが多い。平和のうちに生きる権利を侵害された時には、相手が国家であっても声を上げてあらがう。その姿は、私たちの手本となる。

 新型コロナ感染が広がる中、五輪開催の意義を問われて、菅義偉首相は「平和の祭典」と応じた。東京五輪は強行され、感染拡大は止まらない。私たちの命と暮らしを脅かす決定を下しながら「平和」を口にする為政者に対して、平和のうちに生きる権利を掲げて抗議すること。それが、私たちの平和の実践であり、戦争体験から積み上げてきた平和意識を引き継ぎ、発展させることにつながるのである。

(なおの・あきこ=京都大人文科学研究所准教授・歴史社会学)

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