針路21

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 但馬は盆地の連なりなので、この時期、朝晩の冷え込みが厳しい。山の端には朝霧がかかって美しいが、あまりに霧が濃いと飛行機が欠航になるので善しあしもある。

 この地で暮らす2度目の冬が来る。そろそろスタッドレスタイヤに履き替えておかなければならない。昨年は、人生で初めての経験で、ディーラーさんの勧めに従って11月の半ばにはタイヤを替えた。本当に必要になるのは、おそらく12月に入ってからだろうが、その時期には工場が混むので早めに替えておいてくださいと忠告されたのだった。

 結局、昨冬は雪がほとんど降らず、スタッドレスが活躍したのは1、2度だった。豊岡の街なかは融雪装置が整っていて、よほどの豪雪でない限り車が立ち往生ということにはならない。

 一方で、神鍋高原の観光業の皆さんは、少雪でスキー場が開けず大きな打撃を受けた。朝霧と同じように、何事も表裏があり、雪の少なさを手放しで喜ぶことはできない。

 神鍋はコロナ禍で夏のスポーツ合宿などもキャンセルが続き、さらに深刻な状態となっている。今年は、少し多めに降ってもらいたいところだ。

■学術会議任命拒否の不気味さ

 私ごとで恐縮だが、この秋、日本学術会議の会員となった。昨年度までの時点で、文学を除いては芸術系、特に実技系の大学教員が一人も会員にいなかったことから、まさに「総合的・俯瞰(ふかん)的」に推挙していただいたのだと思う。

 しかしながら、なぜ私ごときが任命されて、あの6名の方々が任命されなかったのか、まったくもって理解に苦しむ。

 10月の1日から3日にわたって開かれた学術会議の総会や部会に、私もできるだけオンラインで参加した。広く知られるように、任命されなかった6名は、いずれもその領域の最高峰の方たちである。また、それぞれの思想の幅も広く、一方で私のように、日頃から前政権、現政権にもの申すことが多々あり、任命されなくてもおかしくない会員も多くいた。

 そこに居合わせた学者たちは一様に、不気味な感覚を味わった。それはおそらく、1930年代に、多くの学者たちが味わっただろう不安と似ていたのだと思う。

 政府の意図が、私たちをこのように疑心暗鬼にさせることにあったのなら、その目的は、とりあえず達成できたとも言える。ただ、その後の首相の二転三転する子どもの言い訳(と言っては子どもに失礼かもしれないが)のような答弁を聞いていると、政府は存外、それほどの意図を持って任命拒否を行ったようにも思えない。

 知り合いの元官僚や政治家たちに聞いても、今回の問題は落とし所が難しいのではないかと口をそろえる。政府としても、今さら任命は難しいのだろうし、しかし学術会議は、このまま行けば3年後に同じメンバーを推薦しなければならない。何しろ任命拒否の理由が明らかにされないのだから。そして科学者とは、論理の一貫性を何よりも尊重する人々だから。

 インターネット上では「平田オリザが任命されているのだから、政府に反対する者が任命されなかったわけではない」という不可思議な理屈も流布しているようだ。それは過去の歴史を知らないか、あるいは意図的に、そこから目を背けているようにしか思えない。

 歴史上、強権を振りかざそうとする者は、過激派だけを分かりやすく弾圧するのではない。中間層、どちらかといえば穏健な人々をランダムに検挙していく。そうやって、人々の間に相互に猜疑(さいぎ)心を持たせることが、社会を抑圧するための費用対効果が最も高くなるからだ。

 いずれにしても今回の問題は、長期的な視点で見れば、大きく国益を損ねることになったと思う。政府は、学問の自由を守り、研究者を庇護(ひご)する責務を負うが、今はそれが逆になっている。多くの学者たちは、現政権に対して懐疑的であり、そのような状態は、社会全体の利益を損ねる。

 学術や芸術の役割、性質は大きく二つあるだろう。

 一つは人々の生活を向上させ、あるいは潤いを与えるような役割。しかし、これとて但馬の朝霧のように、時には人に迷惑をかける。ただそれは飛行機を飛ばす側の都合であって、真理の探究、美の追究は、常にそこに斟酌(しんしゃく)はせずに行われていく。

 もう一つは、軍事や経済ばかりを優先して社会が過熱しすぎたときに「ちょっと待てよ」と後ろから肩をたたくような役割。例えば食糧の増産のことだけを考えれば、遺伝子組み換えだのゲノム編集だのをどしどしと行った方がいい。それで当面、最貧国の飢餓問題も解決できるのかもしれない。しかし、そのことが人類の将来にどのような危険をもたらすかも私たちは考えなければならない。そして、その遠い将来のことを予測するのは科学にしかできない。学問の自由は無限ではなく、自らの研究に足かせをつけるのもまた、科学者の役割なのだ。

 スタッドレスタイヤと同様に、この役割は使わなくてもいいときは使わない方がいい。しかし、それでも雪は降るし、降ってもらわなければ困るときもある。(ひらた・おりざ=劇作家、演出家)

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