針路21

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 6月初めの日曜、東京原宿の竹下通りを歩いた。雑貨店やクレープ屋などが立ち並ぶ、若者に人気のある通りだ。

 予想はしていたが、緊急事態宣言下とは思えない混雑でいい年をしたおばさんである私は注意深く人混みをかき分けて横道から脱出した。すると一流専門店が並ぶ表参道もおおにぎわいで、やって来たバスにあわてて飛び乗った。

 国際的に見てかなり出遅れていた新型コロナウイルスのワクチン接種が急速に進み、緊張がかなり緩んできているようだ。一般の予約受付が始まれば、世の中の空気は一変するのではないだろうか。

 恐れすぎるのは正常化にブレーキをかけることになるが、油断はならない。期待と不安がない交ぜになった曖昧な時期だからこそ、改めて新型コロナウイルスとは何ものなのかを見ておきたい。

 手元に2通のリポートがある。一つは、日経BP社バイオセンター長を長らく務めた宮田満さんが配信する「新Mmの憂鬱(ゆううつ)」5月21日号の記事。もう一つは、雑誌「世界」6月号に掲載されたノンフィクション作家、山岡淳一郎さんの「コロナ戦記第9回 死の淵からの生還」である。

■遺体と生還者に見る真の脅威

 宮田さんのリポートで驚いたのは、ある病理医の証言だ。コロナで亡くなった人の遺体の解剖は世界的にも制限されてきた。バイオハザード対策がとられた環境でのみ解剖が進んでいるのだが、その病理医はいくつかの論文を読み、「このウイルスは今までになく強毒だから外出を避けるようになった」と語ったという。

 病理医が読んだ論文には、肺胞の破裂や、静脈だけでなく動脈にも血栓が生じていたことが示されていたという。コロナは呼吸器だけでなく、全身に感染して多臓器不全を引き起こしていたのである。

 強毒なら感染者を隔離して二次感染を防ぐ。それが従来の感染症の制圧方法だ。だが無症状なのにウイルスを放出する感染者が多いコロナでは見分けがつかない。従来の感染対策がとれないことが病理医さえ恐れる理由だった。

 他の論文を探してみると、脳の解剖も行われていた。昨年9月25日に医学誌ランセット・マイクローブで公開されたアムステルダム大医療センターの論文によると、前頭葉の下にある嗅球(きゅうきゅう)や、脳幹の延髄に広範囲の炎症が見られたという。解剖所見と症状を結びつけるのは慎重であらねばならないが、嗅球は嗅覚異常、延髄は呼吸機能の悪化に関係する可能性があるという。

 今年に入ってから気になった論文の一つが、ブレイン誌オンラインで4月15日に公開された米コロンビア大とニューヨーク長老派教会病院の論文だ。多くの脳に低酸素によるダメージが見られ、中でも顕著なのがミクログリアの活性化だったという。

 ミクログリアは脳の免疫に重要な役割を担う細胞だ。ストレスを与えて過剰に活性化させると、ニューロンやシナプス、神経新生まで傷害することが齧歯(げっし)類の研究で判明している。うつや統合失調症の急性期や、自殺行動に関係する可能性が指摘され、近年は精神医学の分野で注目されている。

 脳で検出できるコロナウイルスのレベルは非常に低く、研究チームはウイルスそのものより、感染で低酸素状態に長く晒(さら)されたことが、脳の免疫系の暴走を引き起こしたのではないかと推察している。

 コロナは肺炎が治っても後遺症に苦しむ人がおり、倦怠(けんたい)感やうつに似た精神症状を訴える人が多いと報じられている。こちらも解剖結果イコール症状とは断定できないものの、遺体が重要な手がかりを与えてくれているのは間違いない。解剖を承諾したご遺族には深い感謝を伝えたい。

 生還者が後遺症の深刻さを教えてくれているのが、山岡淳一郎さんのリポートだ。大阪府の61歳男性が発症したのは昨年11月。肥満体形で、飲酒はしないが20年前まではヘビースモーカーだった。病院ではさほど熱も上がらず、肺も問題がなかったため10日間で退院する。ところが帰宅後に症状が急変。熱が上がって息苦しくなったため病院に再搬送となった。

 翌朝の血液検査で異常な炎症反応が起き、肺炎の悪化が認められたため気管挿管され、エクモが装着された。志村けんさんの闘病で話題になった、呼吸と循環を代行するシステムである。

 鎮静剤で寝ている間、男性に起きた夢とも臨死体験とも判別がつかない経験については記事を読んでいただくとして、衝撃を受けたのは後遺症のすさまじさだ。

 長期の入院で筋肉が痩せ衰え、体重は20キロ低下。心肺機能が落ちて発語もうまくいかない。4カ月以上の入院生活を経て退院した今は、左腸腰筋にできた血腫で左足がまひして歩行につえが必要だ。血腫はエクモをつけている間に起きた出血の合併症だという。

 コロナはもはや、全診療科の知見を総動員して対処しなければならない全身病だ。今年に入って聖マリアンナ大病院や岡山大病院など、後遺症外来を設ける医療機関もある。何かおかしいと思ったら、一人で悩まず早めに自治体の相談窓口に問い合わせてほしい。

(さいしょう・はづき=ノンフィクションライター)

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