針路21

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 今年2月に勃発(ぼっぱつ)したロシアのウクライナへの軍事侵攻は、世界を震撼(しんかん)させた。ウクライナでの戦争が始まって既に8カ月が経つが、いまだに出口は見えず、消耗戦が長期化している。

 ロシアによる軍事侵攻は、30年余にわたるポスト冷戦期の世界秩序に終止符を打ち、民主主義国家対強権主義国家(権威主義国家)という新しい世界の対立構造を浮き彫りにすることになった。

 30年前に冷戦の終わりをもたらしたものは、民主主義の社会主義に対する勝利であり、その内実は社会主義経済に対する資本主義・市場主義経済の優越であった。

 冷戦終結後、経済のグローバリゼーションが大きく進展した。同時に、技術革新による経済のデジタル化が急速に進んだ。この二つの大きな潮流に乗って、強権主義国の経済は民主主義・資本主義経済に対する劣位性を乗り越えて発展を遂げ、経済力の強化を実現してきた。こうした経済基盤の強化が、今回のロシアの軍事侵攻や近年の中国の覇権主義的な動きの元を作り上げたのではないかと思う。

 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年のことである。

■経済の相互依存見据え戦略を

 その日、西ドイツへの出国緩和の情報を、通行の全面的自由化と誤解した人々が壁に押し寄せ、瞬く間に壁が崩壊した。その後、東欧諸国の共産党政権が次々に倒れ、1991年にはソ連が崩壊するに至った。冷戦終結の引き金を引いたのが、社会主義国家における不正確な情報であったことは、情報の役割の大きさを認識する上でも大変示唆的な出来事であった。

 資本主義・市場主義経済の下では、自由を保障された主体の有する経済活動に関する情報が、市場に持ち寄られ、これらの情報に基づいて市場メカニズムが働く。この結果、効率的な資源配分が達成され、経済が発展し、人々の生活水準の向上がもたらされてきた。

 他方、社会主義の下では、個々の人々の自由は制限され、国が作成した計画に従って資源配分が行われていた。当局は、人々の需要をはじめとする情報を持たないまま経済活動を管理しようとする。このため、経済は非効率的なものになり、経済の発展は遅れ、人々の生活水準は停滞した。これがソ連や東欧の社会主義国家の崩壊をもたらした根本原因である。

 冷戦の終結は、経済のグローバリゼーションの進展をもたらした。東西を隔てた壁がなくなり、ヒト・モノ・カネ・技術の国境を越えた移動が促され、世界経済が拡大した。同時にIT技術が革新的な発展を遂げた。これが両輪となって、中国、ロシアなどの強権主義国の経済が力をつけていくことになった。

 ロシア経済は98年に国家デフォルトを起こすなど一時は瀕死(ひんし)状態にあったが、グローバリゼーションの進展の下で、天然ガスや石油などの国際的な資源国家としての地位を確実にしていった。2000年代にはBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の一角としてその経済発展が注目を浴びることにもなった。経済力の強化がなければ、ロシアは軍事侵攻を遂行する力を持ち得ず、プーチン大統領も暴挙には出られなかったのではなかろうか。

 中国では、デジタル技術の革新により、当局の管理下においても情報利用の可能性が画期的に広がり、効率的な資源配分が可能になった。グローバリゼーションの進展と相まって、経済が飛躍的に拡大した。中国のGDP(国内総生産)は1990年には日本の8分の1程度にすぎなかったが、2010年には日本を凌駕(りょうが)して世界第2位になり、いずれ近いうちに世界一になり得る勢いである。

 米国はグローバリゼーションの進展の中で、中国を世界経済に取り込めば、中国も国際ルールに従った行動をとることになるだろうと考えて、WTO(世界貿易機関)への加盟を認め、米国の主導する世界システムに組み入れようとしてきた。しかし、この思惑は見事に裏切られた。中国の経済力の強化は、台湾や南シナ海を巡って見せるような覇権主義的な動きにつながった。こうした事象が昨今の米中対立の核心にある。

 今や世界は民主主義国家対中国、ロシアなどの強権主義国家という、新しい東西対立構造が顕在化する歴史的転換点に立ち入ったと考えられる。しかし、かつての冷戦時代との違いは、グローバリゼーションの下で、強権主義国の経済も世界経済のシステムの中に組み込まれ、経済の相互依存関係が定着しているという点である。

 ロシアに対する経済制裁はロシア経済に打撃を与えるものであるが、西側諸国にも資源価格の高騰や天然ガスの供給減少といった大きな悪影響が出る。中国のゼロコロナ政策は、サプライチェーンを乱し、世界経済に大きな負の影響をもたらしている。

 民主主義対強権主義の対立という世界構造の変化の中で、わが国は安全保障上の立ち位置を見極めつつ、経済関係でどう対応していくのか。相互依存性の強まりという事態を見据えながら、戦略的にかつ現実的に考えなくてはならない事態に直面している。

(すぎもと・かずゆき=前公正取引委員会委員長)

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