針路21

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 あはれな愚かなわれらは身 と自らを破滅に導き

 破滅の一歩手前で立ちどま ることを知りません

 明日 ふたたび火は空より 降りそそぎ

 明日 ふたたび人は灼(や)かれ て死ぬでせう(「家なき子 のクリスマス」)

 広島で原爆に遭った詩人・原民喜が、1950年の朝鮮戦争勃発(ぼつぱつ)から半年後に友人に宛てて送った詩である。数週間前、米国が原爆使用を検討していると報道されていた。死者の嘆きを代弁するために原爆後を生きた詩人は、翌春、自ら命を絶った。

 原が「破滅近き日」を予感してから70年の間、幸いにも人類は破滅を免れてきた。しかし、原の予感が杞憂(きゆう)に終わったというわけではない。冷戦期には核戦争勃発の一歩手前まで何度か来ていたと、米政府の元高官が証言しているように、大惨事は辛うじて回避されてきたにすぎないのだ。

 残念ながら、冷戦終結とともに危機が過ぎ去ったわけではない。人類滅亡までの時間を象徴的に示す「終末時計」は、米ソが水爆開発を競った冷戦期よりも、危機が迫っていると警告する。

■被爆者の言葉を手がかりに

 今年1月、「終末時計」の針は進められ、残りわずか100秒を指し、これまでで破滅に最も近くなったのだ。

 核戦争は、偶発的な事故によっても起こりうるし、一度起きてしまうと、その結果が破滅的だということは、原爆を生き延びた人たちの証言から想像できよう。しかし、核大国は、NPT(核拡散防止条約)で定められた核軍縮の義務を履行せず、3年前に国連総会の本会議で採択された核兵器禁止条約にも背を向けている。

 今年に入って、米国は小型核兵器の実戦配備を発表し、ロシアも弾道ミサイル攻撃に対して直ちに核で応じると宣言した。威嚇外交を繰り返す北朝鮮だけでなく、保有国は「安全保障」の手段として核兵器にしがみついている。

 核戦争勃発(ぼっぱつ)の危機がこれまでになく高まるなか、人類を襲ったのが新型コロナのパンデミックである。今年春に予定されていたNPT再検討会議は延期され、これが最後の機会だからと団体派遣を予定していた被爆者たちは、各国代表を前に核兵器がもたらす悲惨を証言することができなくなった。

 国際NGOなどが主導してオンライン証言が試みられてはいるが、画面越しでは、被爆証言を成立させることは難しい。証言は、語り手と聴き手との協働作業だからである。時に声を詰まらせながら、絞り出すようにして語る姿を前に、聴き手は、原爆が負わせた傷の深さに触れるだけでなく、同じ目に遭ってほしくないという被爆者の願いを受けとることになる。その手応えを感じるからこそ、被爆者は、過酷な記憶と向き合う勇気を得て、想(おも)いを手渡すことができるのだ。

 「8月ジャーナリズム」に慣れた私たちは、被爆者が原爆被害を語り、核兵器廃絶を訴えることを当然のように思っている。しかし、原民喜が絶望を詩にした頃、原爆を生き延びた者は多くを語らなかった。米軍占領下の言論統制だけが理由ではない。本土占領がとけた後、報道写真を通して被害の一端が知られるようになってからも、「遭うたもん〔遭った者〕にしかわからん」と口をつぐんだ被爆者は少なくなかった。語ったとしても、受けとめてもらえるとは限らなかったのだ。

 体験を他者に伝えるには、それを言葉や絵画、イメージなどの形にする必要がある。しかし、原爆炸裂(さくれつ)後に現出した異世界を映し出す表現を手にするのは、原のような優れた詩人でさえも、決して容易なことではなかった。

 たとえ表現したとしても、「そんなことがあるはずはない」と、虚構や誇張として受けとめられることになる。戦後、東京に戻った原も、そうした視線に傷つけられた。それでも詩人は、記憶の過酷さに押しつぶされそうになりながら、言葉をたぐり寄せ、原爆が創り出した「新地獄」を表現していった。そして、多くの生き残りが後に続いた。

 被爆から75年の間に、原爆体験記が数万編、絵も数千点、残されている。その多くは、他者の呼びかけによってかかれたものだ。傍らに佇(たたず)み、耳を傾ける他者の存在があったからこそ、生き残りが証言者になることができたのだ。

 「原子爆弾の殺人光線もそれが直接彼の皮膚を灼(や)かなければ、その意味が感覚できないのであらうか」(「戦争について」)

 ソ連のベルリン封鎖で米ソ間の緊張が高まった1948年の夏、原は、こう問いかけた。体験した者にしかわからないと絶望していたのだろうか。しかし、その死まで、生き延びた意味と格闘し続けた原も、「遭うたもんにしか」と背を向ける被爆者も、いつか誰かに言葉が届くかもしれないというわずかな希望を、捨て去りはしなかったのではないだろうか。

 コロナ禍により、被爆者からじかに話を聞くことは、当面難しいだろう。しかし、原爆に灼かれた人びとの言葉の束を、私たちは手にしている。だから、私たちは、残された言葉を手がかりにして、原爆体験ににじり寄り、どんな想いで言葉を送り出したのかを想像しながら、破滅への針を巻き戻すための、被爆者の闘いに連なることはできるのだ。(なおの・あきこ=京都大人文科学研究所准教授・歴史社会学)

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