針路21

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 毎週末の夜、東京新宿の歌舞伎町に一人の男性がトートバッグを手に現れる。ガールズバーの店先で客引きをする若い女性やホテル周辺の路上に立つ女性たちに声をかけ、数分ほど言葉を交わし、マスクや化粧落とし用のクレンジングペーパーを渡す。

 特定非営利活動法人「レスキュー・ハブ」代表の坂本新(あらた)さんだ。性的搾取など人身取引の被害者を支援する団体を経て、2年前から夜の繁華街のアウトリーチ、すなわち現場の被害実態の把握と見守りに特化した活動を行っている。

 マスクには「お話を聞かせてください」と書かれた小さな紙が添えてあり、そこには、彼氏や家族や知り合いから性的、肉体的、精神的な暴力や脅迫を受けていないか、やりたくない仕事をさせられていないか、家を借りたいけど借りられないでいるか、お金の不安があるかなど、なんでも無料で相談にのり、どうすればベストかを共に考えます-とある。

 現場の困りごとに耳を傾け、情報提供し、本人の了承が得られれば、警察や役所、病院、シェルター、弁護士などしかるべき窓口につなげる。まさに支援のハブだ。

 新型コロナウイルスの影響で夜の街は大きな打撃を受けた。性風俗は完全出来高制なので、出勤しても客がつかなければ収入はゼロだ。「レスキュー・ハブ」の坂本さんが、初めて見る顔だと思って声をかけたある女性は、ふだんは渋谷の派遣型の風俗店で働いていたが客がまったく来ず、家賃が払えなくなり歌舞伎町に来たという。19歳だった。

■現場を歩くことで始まる支援

 女性がそこに至る背景はさまざまで、年齢も10代後半から50代までと幅広い。誇りをもって働く人もいるが、親が非正規雇用であったり一人親であったりして経済的な援助が得られないとか、虐待を受けているとか、昼の非正規の仕事では家賃も払えず、割のいい仕事だと思って始めて抜けられないでいるケースも多い。

 坂本さんは彼女たちを否定も肯定もせず、信頼関係を築くことに注力する。法や条例を振りかざして止めても、では明日からどう生活するのかという問いには容易に答えられないからだ。

 「自分が被害者だと思ってない、自分の意思でやっているから支援対象ではないと思ってる人も多いんです。でもよく話を聞いてみると、彼氏の暴力に苦しんでるとか、行政に頼ろうと思っても知り合いがいるから行けないとか、収入証明が出せないから国の支援が受けられないとか、いろんな問題を抱えている。理由がなんであれ、本人が環境を変えたいと思っているなら手を伸ばします」

 通常のカウンセリングでは、相談室に現れたというだけでその人には回復を目指す意志があるとみなす。一方、自分が被害者かどうかわからない人も多い夜の街では、それがむずかしい。現場に出向いて支援活動を行うアウトリーチが必要なのはそのためだ。

 近年は夜から昼の仕事に転職する手助けをする団体や、児童養護施設の出身者を対象に自立支援を行う会社もある。一定期間働き、できそうだと思ったら正社員になるステップに進む、無理だと思ってもまた別の会社で一定期間お試しで働くことができる「ステップ就職」というシステムだ。セックスワーカーのセカンドキャリアを支援するネットワークは、少しずつだが確実に広がっている。

 私がアウトリーチの重要性に初めて気づかされたのは、阪神・淡路大震災の精神科救急に従事した兵庫県こころのケアセンター長、加藤寛さんを取材したときだ。

 仮設住宅を巡回し、住民を見守る人材を募集したところ全国から臨床心理士や大学院生など多数の応募があったものの、いざ活動が始まると、こんなはずじゃなかったといってやめる人が多かったという。日常の困りごとに対応する生活支援がメインで、必ずしも専門知識が生かされるわけではないためだ。

 だが地道なアウトリーチ、「御用聞き」からしか見えない現実や会えない人々がいるのは事実だ。

 坂本さんは、平日は出所者の再就職を支援する会社で働き、レスキュー・ハブの活動はほとんど手弁当でやっている。声をかけたある女性に、「ほんとにいるんだ、無償でやってる人」と驚かれたという。

 歌舞伎町ではすでに複数の支援団体が活動しているが、近年は相談が複雑化しており、得意分野を生かした多機関の相互連携が必要となっている。坂本さんのような「御用聞き」活動が全国の夜の街に広がれば、水面下のSOSをもっと受信しやすくなるだろう。

 菅義偉首相は官房長官時代、アダルトビデオの出演強要など性的搾取をめぐる「人身取引対策推進会議」を立ち上げ、自ら議長となって年次報告書をまとめた。昨年被害者の認知件数が増えたのは取り組みの強化が背景にあるようだが、まだまだ実数を把握できているとはいいがたい。

 報告書の末尾には「人身取引の根絶を目指していく」とある。首相の掲げる「自助・共助・公助」のうち、人身取引は「公助」を必要とする最前線だろう。一日も早く、現場からワンストップで生活再建までつながるサステナブル(持続可能)な「官民協働体制」が構築されることを期待する。(さいしょう・はづき=ノンフィクションライター)

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