新型コロナウイルスの感染が止まらない。陽性の感染者を迅速に把握し隔離しない限り、社会の中での感染は避けられない。ワクチン開発に時間がかかることもあり、第2波、第3波の襲来を覚悟しなければならない。今の新型コロナが収拾したとしても、新たなウイルス災害が押し寄せてこよう。現代は、災害の時代であるとともに感染症の時代だからである。
感染症は文明災害である。歴史を振り返ると、文明の変動の結果として感染症の拡大が起きている。現代の感染症も、人間による乱暴な自然破壊、グローバル化の急激な進展、国際的連帯のほころびなどを背景にして、発生している。それだけに、感染症が問いかけている文明的課題に、私たちは真摯(しんし)に向き合わねばならない。医療はもとより、福祉、教育、経済、生活などさまざまな分野で、そのあり方が問われることになった。
防災についても、そのあり方が「複合災害」への対応という形で、問われている。今回の「令和2年7月豪雨災害」では、感染症時代における災害対応とともに、日本の貧しい避難生活環境や災害支援体制のあり方が問われた。
■避難と支援はためらわずに
今回の豪雨災害では、日本の災害対策の弱点が、以下の二つの点で顕在化した。避難環境の問題と被災者支援の問題である。
感染リスクを警戒するあまり、避難所に避難しないという「避難控え」と、県外ボランティアを規制するという「支援控え」が、生まれてしまった。
熊本県では、60人を超す犠牲が生まれた。その大半は、緊急時の避難先として自宅を選んだために、犠牲になっている。それは、水位の上昇が急だったことにもよるが、避難所への水平避難を躊躇(ちゅうちょ)させるメッセージが出されていたことによる。
「逃げ遅れた場合は2階に垂直避難」というメッセージと、「避難所の過密を避けるために在宅避難」というメッセージである。
前者の「2階に垂直避難」というメッセージは、NHKなどで繰り返し流されている。2階が絶対的に安全である場合は良いが、必ずしもそうでない。洪水の氾濫地帯では、2階はむしろ危険である。今回の場合も、2階どころか3階まで濁流が流れこんでいる。このメッセージは、新型コロナに直接関係するものではないが、死者を生む危険をはらんでいるので、注意を喚起しておきたい。
後者の「過密回避の在宅避難」というメッセージは、避難者が集中して、避難所が過密になることを避けるために、「分散避難」という名のもとに、車中避難や親せき宅などへの避難と並んで、在宅避難を推奨するものである。ここでの在宅避難は、危機が去ってからの避難生活の場所として提起されている。
ところが、緊急避難段階と避難生活段階との混同が生まれ、緊急避難時にも自宅にいて良いという誤った判断につながった。「ウイルス感染を回避したい」という思いが、避難所への避難をためらわせ、危険な在宅避難を進めることになってしまった。
もう一つ、災害ボランティアの受け入れの問題がある。
豪雨災害では、家屋などの泥出しや後片付けをしなければならないので、多数のマンパワーがいる。今まではそれを、被災地内外のボランティアが担ってきた。ところが今回の豪雨では、県境を越えての移動はウイルス感染のリスクがあるということで、外部からのボランティアを締め出すことになった。その結果、必要なボランティアが集まらず、被災者が困り果てる状態になっている。
ボランティアの移動制限で新型コロナ感染は防げても、それによる泥出しの遅れが別の細菌感染を招くなど、被災者の苦しみを増長することにつながる。
ウイルスのリスクを過大評価してもいけないし、過小評価してもいけない。命を守ることが先であり、奈落に落ちた被災者を助けることが先である。緊急避難では多少過密になっても、危険を回避しようとする被災者は受け入れなければならない。緊急避難では危険な自宅にとどまってはならず、近くの安全で頑強な建物への移動を図らねばならない。
そして、ボランティアが被災地に感染を持ち込むリスクがあっても、すべてのボランティアの支援を断ってはいけない。PCR検査など最大限の感染防止策をとりながら、被災地の再建に欠かせない、経験豊かなボランティアは、呼び集めなければならない。
といっても、新型コロナ感染に対する備えをおろそかにしてはならない。短期的には、不要な接触を避ける、マスクなどを装着するなどの、感染防止策を徹底する。長期的には、脆弱(ぜいじゃく)な防災体質の抜本的な改善を目指さなければならない。「コロナ感染の状況下だから」ということでなく、そもそも避難所の量と質に問題があったので、今回の犠牲が生まれたのだ。避難所の環境が劣悪だったので、避難所に入りきれないし、避難所に行こうとしない。
今回のウイルス禍と豪雨災害をきっかけに、情報伝達、避難環境、支援態勢などの抜本的な見直しを進めてほしい。(むろさき・よしてる=兵庫県立大教授・防災計画学)
