針路21

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 但馬・豊岡に移り住んで、ちょうど2年になる。

 いま我が家の長男は3歳と10カ月、円山川の河原を毎日走り回っている。移住して半年後にはコロナ禍が始まったので、本当にこの地に越してきてよかったなと実感する日々が続く。

 隣家は元造り酒屋。大きなガレージと庭をお持ちなので、この夏も花火やスイカ割りに招いていただいた。3人兄弟のご長男は小学校4年生、次の男の子が今年から小学校に通うようになった。但馬の小学生の朝は早く7時半には集団登校していく。かわいそうなのは3番目の娘さんで、おばあちゃんと保育園に行くまでの時間がぽっかりと空いてしまった。そこでこの4月からは、毎朝7時40分になると、彼女はうちに上がって、息子と遊ぶようになった(この3月までは、うちの息子が隣家にお邪魔していた)。毎朝、『プリキュア』を観るか『ウルトラマン』を観るかで一騒動あり、時には私と3人でレゴを組み立てる。

 55歳で初めて子宝に恵まれた私は、但馬に引っ越してきたおかげで、とびきりかわいい娘まで手に入れたような気持ちだ。

■公教育崩壊が招く社会の亀裂

 子どもたちはなぜ「よその家」が好きなのだろう。おそらく彼ら、彼女らはそれぞれの家庭のルールの違いに目をつけているのではないだろうか。

 各家庭には明文化するしないにかかわらず子育てのルールがある。テレビを観ていい時間。YouTubeを子どもだけで観ていいかどうか。長じればスマホを使える時間と場所。添加物の入ったお菓子をどこまで許容するか、などなど。

 我が家では、お菓子とジュースは一緒に食せないことになっているが、隣家ではそうではないようで、息子は日曜日の午前中は、いそいそと隣の家におやつを食べに行く。

 私は東京生まれの東京育ちだが、駒場という小さな町の商店街で育った。学童保育のなかった時代、商店街の子どもたちは午後から夕方、どの店舗がどの時間帯に暇になるかを熟知しており、その店を訪れては、おやつをもらったり店先で遊んだりした。子どもたちは、それぞれの家庭にはそれぞれのルールがあることも学んだ。

 そんな古き良き商店街も、いまは面影すらない。我がふるさと駒場は、最寄り駅「駒場東大前」の名に象徴されるように東京大学教養学部の門前町だ。教育熱心な親も多く、私の母校駒場小学校は、いま7割以上が中学受験をすると聞く。それ以前に小学校から私立に通わせる家庭も多い。

 もちろん中高一貫校の利点は多い。昨今は一貫教育でカリキュラムに余裕の出た分を探求型の授業に充てるなど、多くの私立中高が学力偏重ではなく工夫を凝らした教育を行っている。保護者たちが子どもをそこに通わせたいと思うのも当然だ。一方で公立中学の最大の利点は「多様性」だろう。いくら探求型の授業を試みても、同じような学力、家庭環境の子どもだけが集められてしまっては議論に幅が出ない。

 しかし残念ながら東京都心では、公立中学校にもこの多様性は存在しない。私の母校である区立中学に通うのは、中学受験をしなかった3割と受験に失敗した1割の子どもたちだけだ。そこに子どもを通わせること自体をリスクと考える親もいる。

 さらにこの現状を受けて、東京では都立高校の中にも付属中学を持つところが増えてきた。こうしてスパイラル状に中学受験を選ぶ家庭が増えていく。

 東京ではすでに公教育は崩壊している。親は皆、我が子がかわいい。自分の子どもに最適と思われる進路を選択する。しかし、その個別の判断の集積が公教育を壊していく。教育とは、部分最適(個々の利益)が全体最適を損ねやすい典型なのだ。

 さらに問題は教育だけにとどまらない。例えば防災。地元の中学校に4割しか通わないということは、どの子がどの家の子どもだか誰にもよく分からないということだ。もしも東日本大震災のように午後2時台に巨大地震が起きれば、帰宅難民だけではなく通学難民が現出するだろう。我が子を迎えに行く親たちと帰宅を急ぐ人々が重なり合って交通の麻痺(まひ)も起こるだろう。このような事象は、京阪神という巨大都市圏に属する兵庫県にとっても対岸の火事ではない。

 70年以上前に作られた「六・三・三・四制」は、明らかに制度疲労を起こしている。前提とされていた地域社会や家族のあり方も大きく変容した。根本の制度設計から見直さなければ、いずれ全体が崩壊し、社会に大きな亀裂が走る。

 だが自民党総裁選、そして来るべき総選挙の各党の公約を見ても、教育改革を強く掲げたものは見当たらない。本来ならば、超党派で10年ほどをかけて、戦後教育の制度設計を問い直す機関が必要なのだろうが、そのような議論はあまり聞かない。(ひらた・おりざ=劇作家、芸術文化観光専門職大学学長)

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