7月7日の空襲の体験を語る炭谷光世さん=明石市内
7月7日の空襲の体験を語る炭谷光世さん=明石市内

 ちょうど81年前の1945(昭和20)年7月7日未明、明石市中心部の市街地は米軍の空襲によって火の海になった。電話回線を守る「通信戦士」と呼ばれた電話交換手だった炭谷光世さん(99)=大蔵中町=もその中にいた。戦争の体験者が年々減る中、「戦争だけはやめて」と訴える。(森 信弘)