三和之家の所長の田中梢さん(左)。「残留孤児も日本人も、家のように楽しく過ごしてくれている」と話す=尼崎市内(撮影・小林良多)
三和之家の所長の田中梢さん(左)。「残留孤児も日本人も、家のように楽しく過ごしてくれている」と話す=尼崎市内(撮影・小林良多)

 中国残留孤児らが通う尼崎市の日本語教室「コスモスの会」の聞き取りを受け8年前、田中梢(こずえ)(57)の父修(84)は残留孤児として歩んだ戦後を語り始めた。梢にとって、寡黙な父から半生を聞くのは初めてだった。終戦から73年を迎えていた。