たちまち大空から降り来る焼夷弾(しょういだん)、森の中、境内一面火の海だ-。
1945年8月5日。西宮神社(兵庫県西宮市社家町)の神職は、眼前に広がる光景を、こう書き留めた。一夜続いた空襲による炎火は、境内の鎮守の森さえも焼き尽くした。
あれから81年。青々とした葉が茂り、せみ時雨が響く社叢(しゃそう)に足を踏み入れる。そこには戦火を免れた大クスノキが静かに立ち、木漏れ日を地面に落としていた。
樹齢300年を超える大木は、高さ約27メートル、幹周りは約5・5メートルに及ぶ。焼夷弾によって表皮の一部は焼け落ち、木肌はむきだしのままになっている。燃焼剤が幹を伝って流れ落ちた黒い痕跡もある。
終戦間際の8月5日深夜から6日未明にかけて、市内は5回目の空襲を受けた。B29爆撃機の襲来で、市南部はほぼ壊滅。神社にも小型爆弾2発、焼夷弾300発以上が落ち、国宝の本殿が焼失するなど大きな被害を受けた。
神社は1961年、地域住民らの支援を受けて本殿や拝殿を再建。ご神体を納める防空壕(ごう)があった鎮守の森は、焼け残った木から採った挿し木によって数十年かけて再生された。
大クスノキは昨年、市制100周年に合わせ、初めて参拝者に公開された。松井秀興権禰宜(ひでおきごんねぎ)(44)は「戦火を免れた貴重な大木。悲惨な戦争を語り継ぐために、大切に残していきたい」と語った。
◇
戦後81年の夏。阪神地域に残る戦禍の痕跡を見つめた。(潮海陽香)
























