兵庫県姫路市の地図を眺めて、ふと気になったことがある。「大年」や「大歳」の名を冠した神社が多すぎやしないか－。特に市東部の市川流域に目立つ。いずれも「おおとし」と読むそうで、町内に八つの「おおとし」神社が集まる地区まであった。その謎に迫ってみた。（山本　晃）

　兵庫県神社庁によると、県内に約３８００ある神社のうち、「おおとし」と読む神社数は３９４あるそうだ。そのうち姫路市内が最多の５８、さらに市川流域の神崎郡３町に２６。確かに集中している。

　書籍「姫路の神社」（神戸新聞総合出版センター刊）を片手に取材を始めた。県神社庁姫路支部が、姫路（香寺、安富を除く）にある３００社以上を紹介した本。「大歳」「大年」など漢字は違えど「おおとし」神社は全部で４８あり、そのうち３６が市東部や市川流域だ。

　特に目立つのが、市北東部に位置する豊富町。「姫路の神社」には八つ掲載され、いずれも「大年神社」と表記してある。

　「姫路の神社」の書籍化に携わった宮司さんがいると聞き、まずは甲八幡神社（同市豊富町豊富）を訪ねた。地域の神社を束ねる総氏神で、町を見下ろす甲山の山上に社殿を構える。

　「豊富は、特に『大年さん』が多いように思う」。宮司の木村眞比古（まひこ）さん（６３）はそう話し、「この真下に江鮒（えぶな）。あの山裾に砂川、こっちに重国－」と甲山から見える「大年神社」の位置を説明してくれた。豊富だけで八つもあり、混乱しそうだが、木村さんは「○○（地名）の大年神社」と呼び分けて、区別しているという。

　なぜ多いのか疑問をぶつけてみた。神社にまつられる大年神が、農業、特に稲作の神様であるから－。木村さんは理由の一つを、こう推測する。市川沿いに位置し、古くから稲作が盛んな豊富町。「五穀豊穣（ほうじょう）を祈るため、大年神をおまつりしている豊富の旧村が多いのでは」と教えてくれた。

　続いて、豊富町重国・酒井地区にある「大年神社」へ。元豊富地区連合自治会長の萩原郁生さん（７８）に案内してもらった。木々の中にたたずむ社殿は、住民が日々手入れをしているという。屋根の凝った彫り物も、村の繁栄を今に伝えている。

　萩原さんも幼いころ、神社境内で虫捕りをしたり、鬼ごっこをしたりして、よく遊んだそうだ。今でも秋祭りの宵宮や、地区の子どもたちによる宮相撲が行われ、住民が集まるという。萩原さんは「『大年神社』と呼ぶより『お宮さん』。今も昔も地域の心のよりどころやね」と話す。

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　大年神は農業神として崇敬され、古事記では素戔嗚尊（すさのおのみこと）の息子とされている。五穀豊穣（ほうじょう）祈願のため、農業が盛んな姫路市豊富町に多くあることは分かったが、姫路西部や南部を含め、播磨に広く分散してまつられている理由は謎のままだ。資料が少なく、取材は壁にぶつかった。落胆する記者に、識者らはさまざまな“説”を挙げ、理由を推察してくれた。

■広峯神社の影響説　兵庫県神社庁の岩熊利教事務局長

　姫路城の北、広峰山に位置する広峯神社（姫路市広嶺山）は素戔嗚尊をまつり、播磨の守護神として崇敬を集めている。大年神は素戔嗚尊の“親族”に当たることから、その影響を受けたとも考えられる。

■稲作関連説　総本社の葛木御歳（かつらぎみとし）神社（奈良県御所市）の東川（うのかわ）優子宮司

　大年神は稲の神様のため、稲作とともに信仰が広がった可能性がある。弥生時代ごろ、九州や出雲方面などから稲作に合わせて広がった信仰が、当時の中心地だった大和へと伝わる途中、何らかの理由で、稲作や信仰を伝えた人たちが播磨にとどまり、地域に根付いたのではないか。

■「もっと多かった」説　姫路市教育委員会の宇那木隆司さん

　明治以降に神社の統廃合が進む前までは、姫路市内にさらに「おおとし」神社があったとみられる。姫路市御国野町国分寺の天満神社のように、大年神社が合祀（ごうし）された後も、引き続き大年神をまつっているところもある。

　また神崎郡でも「おおとし」神社の数が多いことから、市川流域の人々が「おおとし」の名を残したいという意向があり、市東部に集中して残っているのではないか。