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JR姫路駅の中央コンコースから見える姫路城大天守。利用客を見守るようにそびえる=姫路市駅前町(撮影・大山伸一郎)
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JR姫路駅の中央コンコースから見える姫路城大天守。利用客を見守るようにそびえる=姫路市駅前町(撮影・大山伸一郎)
駅が高架化され、周辺が整備された姫路駅周辺=姫路市南駅前町から
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駅が高架化され、周辺が整備された姫路駅周辺=姫路市南駅前町から
高架化前のJR姫路駅北口。旧駅ビルが立ち、地上を走る在来線の列車が見える=2007年6月撮影(姫路市提供)
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高架化前のJR姫路駅北口。旧駅ビルが立ち、地上を走る在来線の列車が見える=2007年6月撮影(姫路市提供)
コンコースに立ち、高架化事業への思いを語る牛尾正喜さん=姫路市駅前町(撮影・大山伸一郎)
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コンコースに立ち、高架化事業への思いを語る牛尾正喜さん=姫路市駅前町(撮影・大山伸一郎)
神戸新聞NEXT
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 JR姫路駅(兵庫県姫路市)の高架ホームにゆっくりと電車が吸い込まれた。乗客たちは改札を通り、中央コンコースから街へ繰り出す。北口は大手前通りに直結し、その先にある世界遺産・国宝姫路城の白亜の大天守まですっきりと見通せる。

 姫路の玄関口である同駅からの景観はすっかり街のシンボルとなった。筆者が姫路に着任して1年余り。北口から城を見上げるたび、素朴な疑問が頭をよぎる。この絶好のロケーションはどうやって実現したのだろうか。

    ◇  ◆

 答えを探るため約半世紀前に時間を戻したい。姫路駅の姿は現在と異なり、山陽線や姫新線、播但線のホームが地上にあった。周辺は各線の線路により縦横に分断され、道路は渋滞しているのが日常だった。

 市街地の一体化や交通の円滑化を図ろうと、1973年に示されたのが在来線を高架にする構想だった。県が事業主体となり、平成に入るといよいよ工事が本格化する。完成図を描く中で、駅の南北を結ぶコンコースの位置が焦点となった。

 市が描いた案はこうだ。新幹線高架下の南口を24メートル西へずらし、大手前通りの手前まで真っすぐコンコースを通す。高架下に並ぶ土産店や飲食店など28店舗は移転してもらい、姫路城が正面に見える位置に北口を設置する。

 「姫路市百年の大計。絶対にその位置は譲れなかったね」。2004年の定年退職まで高架化事業に深く関わった牛尾正喜さん(78)=同県上郡町=は、姫路駅のコンコースに立って思い返した。

 当時、JRは従来の南口をそのまま活用する案を示した。市の案と異なり高架下店舗の移転は生じず、費用が抑えられるとされた。「でも、北口の場所はみゆき通り商店街と大手前通りの間だった。それだと城が見えないんです」。牛尾さんは強調する。

 市はコンコースを鍵形にし、従来の南口から大手前通り前へ出られる案を示すほど北口の位置にこだわった。JRとの協議は難航したが、最終的に市が主体となって費用の捻出や店舗の移転をする条件で、当初案が受け入れられた。

 市幹部だった牛尾さんも自ら店舗を訪ね、移転への理解を求めた。交渉が行き詰まり、高架化の工程を遅らせることは絶対に許されなかった。

 08年12月、在来線の全面高架化に合わせてコンコースは無事に開通。17年3月には北口に「姫路城口」という愛称が付けられた。

    ◇  ◆

 「あれは姫路城の唐破風(からはふ)をモチーフにしとんです」。駅のコンコースで当時のいきさつを語る牛尾さんが、ふと天井を指さした。大天守の屋根を模した曲面が施され、天井の一部が高くなっている。オレンジ色の照明が温かい。

 東西の端には、大天守の屋根を支える垂木から着想したデザインが採用されている。柱の角は丸みを帯び、柔らかな雰囲気を演出する。「そんなこだわりも知ってほしい」と牛尾さんは目を細める。

 今でも駅前から城が見えると心が浮き立つ。「皆さんに喜んでもらえる駅になったのがうれしい。自慢できる景観ですね」。笑顔の奥に、高架化事業をけん引してきた自負がのぞいた。

    ◇  ◆

 JR姫路駅周辺の光景は近年、刻々と変化した。再開発事業で線路沿いに新しいビルが建ち、大型の文化施設「アクリエひめじ」も完成した。今年5月、駅東に新県立病院が開院すれば、主要な施設の整備は区切りを迎える。いま一度、ターミナルかいわいに目を凝らし、知られざる歴史に光を当てる。(田中宏樹)

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