「灘のけんか祭り」のお膝元・兵庫県姫路市白浜町には、「恋の浜」という何ともラブリーな別名があるそうだ。山陽電鉄白浜の宮駅の北側には、かつて「恋の浜城」もあったとか。格調高い文学の薫りをまとったような響きと字面は、古くから白砂青松、風光明媚（めいび）で知られた地域にピッタリ。今では地元の人でもあまり知らないと聞き、由来を探るべく調べてみた。（橘高　声）

　「恋の浜城」の名を耳にしたのは、同駅南にある姫路おでんの名店「澤田店」でのこと。お客さんたちが客席で地図を見ながら「知らんなー」と首をかしげている。何の話か気になり、見せてもらうと「恋の浜　緑の回廊マップ」に「恋の浜城跡」が記されていた。

　マップは「灘の松原自治会」が昨年１１月に作成した地図。神社や御旅山のハイキングコースなど灘地域の見どころを掲載している。

　客の一人で、白浜町で生まれ育ったという男性（８１）は「城があったなんて知らないし、恋の浜という呼び名も聞いたことがない」と目を丸くする。ここは地元紙記者の出番－。「だったら私が取材して調べます」と請け負った。

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　マップに記された「恋の浜城跡」は、同駅の北東約５００メートル付近。どんな城があったのだろうか。本欄「ご当地新聞」でおなじみの姫路市教育委員会文化財課の宇那木隆司さん（６３）に聞いた。

　「城というより、とりでのようなものがあった可能性があります」

　室町時代、御旅山から福泊神社にかけての一帯は荘園だった。宇那木さんの見立てでは、恋の浜城とされる場所に「荘園の事務所」があり、戦国時代に石垣などが築かれて要塞（ようさい）化。「構居（こうきょ）」と呼ばれる中世城郭だったと推測する。字単位で記した地図「字限図」（１９８８年作成）には、城跡に「城ノ元」という字が記されている。

　現在の松原八幡神社南側にある鳥居あたりが、かつての海岸線で交易も盛んだった土地柄。さらに城跡とされる場所は少し高台になっていたという。宇那木さんは「松原が政治や経済の中心だったことは間違いない。戦だけでなく、高潮や河川の氾濫に備える地域の防災拠点でもあったのでは」と考える。

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　では、いかにも現代的なネーミングの「恋の浜」の由来は何だろう－。

　「少なくとも鎌倉時代には和歌で詠まれていたんです」。宇那木さんが史料を見せてくれた。和歌で詠まれた有名な場所をまとめた「播州名所巡覧図絵」だ。松原八幡神社と白浜、松林が描かれたページには、和歌が記されている。

　「人しれず　苦しきものと　知りぬれば　なほうらめしき　恋の浜かな」

　本当に白浜地区を見て和歌を詠んだのか定かではないものの「図絵の編者が松原のことだと決めたのでしょう」と宇那木さん。「本当に松原のことかはさておき、『恋の浜』の名が地域の人の共通認識となったことがおもしろい」と話す。

ハート

　以上が今回の調査結果。「恋の浜　緑の回廊マップ」の作成に携わった同自治会の人たちも、城跡の存在を知らなかったといい、市の「校区別地域資源マップ」を基に記載したそうだ。

　住民の男性（６９）は「自分たちが生まれた土地の歴史に無関心では子どもたちもスルーしてしまう。マップを通じて、自分たちが住む地域に興味を持つきっかけになればうれしい」と期待している。

■橋や陸橋、今に名前を残す場所も

　現在の「恋の浜城」の姿を見ようと、跡地とされる場所を歩いてみた。

　山陽電鉄白浜の宮駅から北東に約５００メートル。かつては、わずかに高台だった土地は平地となり、一戸建てが並ぶ。区画整理された直線道路の中に曲線を描いている場所があった。曲線の細い道の両側には密集して住宅が立ち並んでいる。姫路市教育委員会文化財課の宇那木隆司さんは「湾曲した道が、恋の浜城の石垣や濠（ごう）の名残では」と分析する。

　城跡とされる場所で生まれ育ったという男性（７０）は「ここに城があったなんて初耳。掘り起こしたら石垣が出てくるのかな」と驚きを隠せない。

　白浜町を歩いてみると「恋の浜」の名前を残す場所もあった。妻鹿漁港近くに架かる橋には「新恋の浜橋」の文字が。ほかにも、同町宇佐崎の陸橋は「恋の浜歩道橋」とあった。現在はあまり知られなくなった「恋の浜」の名前が今もひっそりと歴史を伝えている。