初めて黒帯を締めた近野凌太朗さん(右)と父の一弘さん=三木市立総合隣保館
初めて黒帯を締めた近野凌太朗さん(右)と父の一弘さん=三木市立総合隣保館

 就労継続支援施設に通う近野凌太朗さん(19)=兵庫県三木市=が、空手で10人組手などの昇段審査に合格し、黒帯を取った。小学2年で始めてから12年。晴れて黒帯を締めた凌太朗さんの誇らしげな表情に、父の一弘さん(58)は「息子を理解し、支援してくれた師範や周囲の人のおかげ」と目を細める。(小西隆久)

 凌太朗さんは、重度の知的障害を伴う自閉症スペクトラム。小学2年のとき、一弘さんに連れられて空手を始めた。一弘さんは「礼儀作法を学んでほしい」との思いだったが、凌太朗さんは道場が開かれる市立総合隣保館(志染町吉田)にあった絵本が目的だった。

 当初は一弘さんが毎回「空手に行く? どうする?」と尋ね、「行かない」と答える日もあったが、次第に自分から「空手、行く」と積極的に。他の門弟たちと一緒に突きや蹴りといった基本から、筋力トレーニングやミット打ちなどに汗を流す日々を重ねた。

 時折、大声を出したり、じだんだを踏んだりすることもあったが、「息子を特別扱いしないでくれるのが一番ありがたかった」と一弘さん。体操服で通っていた凌太朗さんに名前を刺しゅうした道着が渡され、皆で肩を組んだスクワットでは、足が立たなくなってきた凌太朗さんを両脇で支えてくれる姿に涙が出た。

 10月27日にあった昇段審査。凌太朗さんは腕立て伏せ120回、スクワット100回などに加え、これまでの審査で師範と一緒にやっていた「形」を1人でやり切った。最後は10人組手。あまりの激しさに泣き出す子どももいるほどで、一弘さんは「うちの息子には無理」と思い込んでいた。

 4、5人目くらいから凌太朗さんの顔色は明らかに悪くなったが、それでも突きや蹴りを繰り出し続ける。一弘さんが思わず「もうやめるんか!」と大声でハッパをかけると足が上がるようになり、完遂した。

 11人目として凌太朗さんと向き合った一弘さんは、蹴り用ミットを構えた。凌太朗さんが繰り出した蹴りの衝撃に驚き「もう二度と受けんとこ」。一方で「この子の力はもう父親を超えた」と痛感した。

 黒帯の凌太朗さんを抱きしめて褒めてやりたかったが、応援に駆け付けた保護者らが感動ですすり泣く様子に「自分だけ乗り遅れた」と笑う。いつも通り「よう頑張った」と声をかけるのが精いっぱいだった。

 帰りの車中には、知人から「凌ちゃんに食べさせてあげて」ともらった唐揚げの匂いが充満していた。「この日のことは唐揚げの匂いとともに忘れない」。そう笑う一弘さんの目は少し潤んでいた。