昭和の学生運動には二つの大きな高まりがあった。1960年安保闘争と68~70年の全共闘運動だ。60年の象徴、デモで国会に突入して死んだ東大生、樺(かんば)美智子は神戸高校の卒業生だった。彼女もその一員で創設された新左翼党派、共産主義者同盟(ブント)は後に全共闘運動の有力な一角を占める。
昭和の学生運動には二つの大きな高まりがあった。1960年安保闘争と68~70年の全共闘運動だ。60年の象徴、デモで国会に突入して死んだ東大生、樺(かんば)美智子は神戸高校の卒業生だった。彼女もその一員で創設された新左翼党派、共産主義者同盟(ブント)は後に全共闘運動の有力な一角を占める。