酒屋の一角で立ち飲みのコップ酒を味わう「角打ち」。大衆的な雰囲気と客同士の交流、破格の安さが魅力だが、その異世界の扉を開くには少し勇気がいる。神戸の角打ちを知り尽くすグルメライター芝田真督さん(76)と神戸の名店を巡り、作法を教えてもらった。
■「春鹿」をコップになみなみと
平日の午後1時半、最初に訪れたのは神戸市中央区の宇治川商店街から東に入った老舗酒店だ。年季の入った引き戸のガラス越しに先客の姿が見える。店に入ると左右にカウンターが置かれ、その奥に酒や缶詰といった商品が並んでいる。
酒店としての創業は明治4年といい、角打ちの有名店だが、店名を出して紹介するのはNGに。高齢の夫婦が切り盛りしているが、いちげんの客が押し寄せることへの警戒心が強いようだ。「スマホで写真だけ撮って、飲み食いせんと帰る客もおるんや」と店主。芝田さんも「スマホ撮影禁止という店も結構あります」と話す。
店では酒屋で扱う酒なら基本的に注文できるが、生ビールはない。日本酒は「菊正宗」か「春鹿」で、燗か常温を選ぶ。常温の春鹿を頼むと、奥さんがコップになみなみと注いでくれる。瓶ビールを注文した芝田さんと、控えめにコップを合わせる。
■じゃこ天110円、豆腐160円
酒肴はカウンター越しの上方に手書きのメニューが掲げられている。じゃこ天110円、おろしちりめん160円、豆腐160円、エビカツ170円、めかぶ130円など。「他の客が食べてるのを見て、おいしそうだったら頼んだらいいんですよ」と芝田さん。じゃこ天と島らっきょうを注文すると、間もなく小皿で出てくる。
先客は3人いたが、それぞれ缶ビールや日本酒を黙々と飲んでいる。たまに、出てきた酒を見て「この酒はうまい」とか「前に飲んだ酒はうまかった」などと散発の会話がある程度だ。もちろん、顔なじみで盛り上がることも多いというが、よそ者を寄せつけない感じでもない。
■長居は控えて
店は外観もさることながら、内部も貫禄がある。少し奥に頑丈な大黒柱が黒光りしている。店主は「震災で屋根やらはあかんようになったけど、この柱のおかげで建物自体は無事やった」と目を細める。子どもが店を継ぐ予定もなく「わしらがやめたら終わりやね」と笑った。芝田さんによると、近年、角打ちの店は経営者の高齢化で次々と姿を消している。
小皿に盛られたじゃこ天と島らっきょうは、さっぱりした辛味が常温のコップ酒によく合う。ほろ酔いで話も弾み、店主や他の客とのからみも楽しくなってくる。ただ、芝田さんは「あまり長居するのはお勧めしません」と話す。
角打ちは元々、凝った料理や酒のアレンジを楽しむ場ではないといい、芝田さんは「長居をすると、他の客が入れなくなる。角打ちを楽しむ作法は『人に迷惑をかけない』に尽きます」。
長居をお勧めできない理由は他にもある。