樹木が深く生い茂り、昼間でもほの暗い山の細道。曲がりくねった枝や膝丈の下草が行く手を阻む。葉の間から時折舞い込む風が、猛暑を和らげる。ようやく視界が開けた。陽光に照らされた水面がまばゆく、清閑で神秘的だ。
岡山と兵庫の県境の峠に近い農地を潤す「鳳宮池(ほうぐういけ)」(上郡町八保丙)。むごく、悲しい人柱伝説が残されている。ため池の完成を水神に願い、少女らが自ら堤で生き埋めになった-。その話を聞くと、堤の上に立った時に感じる独特の雰囲気にもうなずけた。
伝説の舞台は、江戸時代の元禄年間。忠臣蔵で知られる浅野内匠頭(たくみのかみ)の命令で築造が計画された。村人総出で岩を運び、山土を削り、堤を踏み固めた。
「池ができれば、暮らしが楽になる」。その一心で何年も、重労働に耐えた。だが、豪雨でたびたび堤が決壊。そこで、水神を鎮めるため、名主の一人娘で12歳の「しの」と、その祖父母が命を差し出した。
堤に埋まりゆく様子を見守る村人たちの念仏は、すすり泣きに変わった。それからは、大雨が降ることもなく、工事は完成。70町歩の田んぼに水を与えた。
「魂の池」。古里の水瓶(みずがめ)はそう呼ばれてきた。ほとりに鎮座する水神の祠(ほこら)では毎年春に稲作神事が行われる。池を守り続けている住民らは言う。「伝説を生んだのは、誰かの幸せを願う純朴さ」と。
しのたちが眠るかもしれない場を改めて眺める。怖さはない。ただ一念。水と戦い、実りを導いた先人たちを、崇高だと思った。(佐藤健介)
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暑さしのぎに怖い話はつきもの。不思議な話も含めて、西播地域に伝わる怪異譚(たん)の舞台を訪ねた。
























