タンタンには今年、発情の兆候がなかった。昨年まではあったらしい。今年も例年通り食欲がなくなったから「もしや」となったが、心臓疾患の影響だったようだ。
パンダは1年に2、3日しか受精のチャンスがない。自然交配は難しく、赤ちゃん誕生のハードルは高い。
タンタンは2003年から人工授精に挑戦し、08年に待望の赤ちゃんが生まれた。だけど、4日目に死んでしまった。当時のことを知りたくて話を聞いた。
「生まれたときはすごかったんやで。なんていうか、カーニバルやった」と飼育員の梅元良次さん(39)が振り返る。
13年前の夏。バックヤードで産室を見守っていた。タンタンがそわそわしている。その瞬間、「ポロッ」とネズミのような生き物がこぼれ落ちた。
速報すると報道関係者が殺到。すぐに会見が始まった。おめでとうメールや電報が続々と届いた。
王子動物園は特別チームを編成し、24時間態勢でタンタンと赤ちゃんを見守った。だがメンバーに、パンダの出産と育児の経験がある中国人スタッフがいなかった。3カ月前に起きた四川大地震の影響で来神できなかったのだ。
4日目の朝。梅元さんは2頭に異変がないのを確認し、別の職員に引き継いで家路についた。途中、携帯に何度も着信があるのに気づいた。「戻ってきてくれ」。お祝いムードは一転した。
死因は衰弱。赤ちゃんの胃には微量の母乳が残っていた。タンタンが強く抱きすぎて圧迫されたのか、母乳が十分に出なかったのかは分からないという。
「タンタンは赤ちゃんを抱いて離さなかった。僕たちにもあの子にも初めての経験。知識が足りなかった。僕たちが死なせてしまった」と梅元さん。
悲しみのどん底に突き落とされた。(坂井萌香)
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